2025年12月16日(火)

家庭医の日常

2025年11月30日

セルフメディケーション税制とOTC類似薬の保険適用除外

 セルフケアに含まれる要素は、家庭医が専門とするプライマリ・ヘルス・ケア(primary health care; PHC)としても重要な要素だ。健康の社会的決定要因(social determinants of health; SDH)とも重なる。

 関連する医療政策としては、2017年に導入された「セルフメディケーション税制」がある。これは、医療費控除の特例として、健康の維持増進及び疾病の予防への一定の取組を行う個人が、「スイッチOTC医薬品」を購入した際に、その購入費用について所得控除を受けることができるものである。対象となる「スイッチOTC医薬品」のリストは公開されているが、この制度が広く国民に周知されているとは言えない(注:「スイッチOTC医薬品」のリストが更新されるとリンクが働かなくなる可能性がある。最新のリストは、「セルフメディケーション税制について」 の「2 セルフメディケーション税制対象品目一覧」から参照できる)。

 そして、目下導入の是非を巡って議論されている政策が「OTC類似薬の保険適用除外」である。

 すでに述べたように「OTC類似薬」は医療用医薬品なので、入手するには処方箋が必要で、公的医療保険が適用されるため患者は原則1〜3割の自己負担で済む。その保険適用が除外されると、その分の保険医療費は削減されて国の財政にはプラスだが、患者は全額自己負担しなければならない。

 この政策には、不必要あるいは過剰な医療機関への受診と「OTC類似薬」の使用が是正されるメリットがある反面、特定の「OTC類似薬」を長期または大量に使用しなければならない慢性疾患に苦しむ患者にとっては、保険適用除外によって自己負担が増大する。不適切なセルフメディケーションによる健康被害のリスクも問題となる。薬局や販売店で薬剤師が指導・助言する役割の整備が重要になる。

 この政策への対案も報道されているが、どれも患者の自己負担増を頼りにしている。それしかないのだろうか。

 増大する社会保障費を抑制するためには、限りある資源を上手に分配しなければならない。そのため、PHC先進国の家庭医(通常患者が医療を利用する際に最初に出会う)には「資源の管理者」という役割もある。

 個々の患者を取り巻く様々な要素(コンテクスト)を理解した上で、医薬品の有益性と害のエビデンス、そして費用対効果と優先度を含めた総合的な評価をして、誰にどの薬を使用するかを考える。そして患者と相談する。単なる切り捨てや一律の判断ではないのだ。

 患者と協力してこうした役割を担うトレーニングをした家庭医が日本でも実質的に増加すれば、こうした政策が国と国民の双方にとって有益なものとなるチャンスがある。

知っておくべき、コクランが開いた扉

 ここで、ある人物を紹介したい。

 彼は、医学生だった1935年のある日、英国ロンドンの街中をたった一人で「デモ行進」していた。自作のプラカードには「すべての効果的な治療は無料にすべきだ(All effective treatments must be free)」と書いていた。

 本人が後に語ったところでは、その時は彼の主張に気をとめる人は誰もいなかったらしい。48年に英国の国民保健サービス (NHS)が設立されて全国民が受診時自己負担無料で医療サービスを受けることができるようになる遥か以前のことである。

 彼こそが、「現代臨床疫学の父」の一人であり、臨床研究と医療の質改善のために「ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial; RCT)」を評価し活用することを提唱したアーチボルド・リーマン・コクラン教授(1909-1988)である。

 以前のこのシリーズの記事『<医学的客観性か、患者への配慮か>医師と患者はどう診療方針を決めるのか、医療における「エビデンス」の特殊性を理解する』で、EBM(根拠に基づいた医療)と「EBMの父」とも称されるデービッド・サケット教授(1934-2015)について説明したことがある。コクラン教授はその前の時代に、科学的根拠について深く考え最初のRCTを試みている。質の高い科学的根拠を生み出す方法を示したことで、次世代に登場するEBMへの扉を開いたと言える。


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