<本日の患者1>
S.U.さん、42歳、女性、子ども食堂ボランティア。
「先生、免疫を研究している日本人がノーベル賞をとったって、快挙ですね!自己免疫疾患の治療にもつながるって言うじゃないですか。私、もう嬉しくって!」
「大阪大学の坂口教授ですね。素晴らしいことです」
<本日の患者2>
I.F.さん、38歳、男性、宅配便配達員。
「I.F.さん、今年のノーベル生理学・医学賞に決まった坂口先生の研究は、将来I.F.さんの病気の治療にもつながるかもしれませんよ」
「はい、ニュースで見ました。実際はまだまだ時間がかかるんでしょうねー、でもともかく希望は希望です」
10月6日、スウェーデンのカロリンスカ研究所は、2025年のノーベル生理学・医学賞を大阪大学の坂口志文特任教授らに授与すると発表した。受賞理由は「免疫の抑制に関する発見」で、免疫細胞の活動を制御する役割を担う「制御性T細胞(Treg)」の発見が中心的な業績だ。
このニュースが報道されたその週に、たまたまS.U.さんとI.F.さんが私の働く家庭医診療所に定期受診の予約をしていた。上記の会話は、それぞれの診察の最初に私と交わしたものである。表現の仕方は異なるが、自分が抱える難病を治癒させるかもしれない医学の進歩へ寄せる期待が伝わってくる。
S.U.さんは関節リウマチを、そしてI.F.さんは潰瘍性大腸炎を、それぞれ長く患っている。ともに、発症のメカニズムから「自己免疫疾患」と考えられている。免疫の働きを制御できる「Treg」を目的に応じて使えるようになると、治療に難渋している現状の突破口になるはずだ。
免疫とは何か
まず、免疫とは何か。この問いにわかりやすく答えるのはなかなか難しい。参考までに日本免疫学会のウェブサイトにある一般向けの『免疫学Q&A』を紐解くと、「免疫とは一度伝染病にかかったら、二度とはかからない現象」であり、「自己と非自己を識別できる生体システム」であると説明されている。
確かに「免疫」という言葉は「疫病を免(まぬが)れる」に由来し、(例外はあるにしても)ある伝染病にかかって、幸いそれで死に至らなければ、二度とその伝染病にはかからない、という昔から経験的に知られた現象を表していた。そのメカニズムの予防医学的応用が予防接種である。ワクチンの投与による擬似感染を経験することで、本当の感染を予防する免疫を獲得するのだ。
免疫にはもう一つ、「異物や危険な物質から自己を守る」という役割があり、その際には、「自己」と「非自己」を適切に識別する必要があるのだ。
例えば、体外から侵入した細菌、ウイルス、寄生虫などの微生物、吸い込んだ花粉や摂取した食物などの分子、外部から移植された臓器や組織、そして体内で無秩序に増殖したがん細胞など。これらはすべて「自己」ではない「非自己」である。それを識別して攻撃し、排除することが免疫の役割になる。
