2025年12月6日(土)

家庭医の日常

2025年11月3日

 かく言う私も、医学生の時に聴いた免疫学の講義に触発されて、映画『ブリキの太鼓』(ギュンター・グラス原作、フォルカー・シュレンドルフ監督、1979年、旧西ドイツ映画)の主人公オスカルを「自己」と「非自己」との狭間に生まれた申し子として論じた評論を書いて、ある地方の映画雑誌に掲載されたことがある。

 免疫学の研究者になることも映画評論家になることもなかったが、この時に人生と病気の関わりについて考えたことは、家庭医としてのその後の私の行動規範の一部にはなっているようだ。

難病患者と向き合う家庭医の役割

 関節リウマチ(RA)は、進行性の関節の炎症と破壊を特徴としている。そのため、家庭医にとって、RAの早期診断と適切な管理は、患者の生活の質(QOL)向上と疾患の進行抑制に極めて重要である。

 ただ、RAの初期には、炎症を起こしている関節も少なく、疲労感や発熱、体重減少などの全身症状が前面に出ることもある。関節の痛みは他のさまざまな原因でも起きる非特異的な症状であり、それがRAによるか否かの診断は難しい。

 S.U.さんも、2年前に子ども食堂での配膳作業が「なんとなくやりにくくなった」と感じて受診し、それが関節の対称性の炎症、腫れ、痛み、朝の硬直時間が長くなるなどのRAに特徴的な症状となるまでに数週間かかった。

 I.F.さんの潰瘍性大腸炎(UC)も、最初は下痢や腹痛という非特異的な症状だけだった。1カ月ぐらい経って、今から1年前に「何かちょっと違うんです」と受診した時は、宅配便配達の運転中に頻回に便意をもよおすようになって、公衆トイレを探すことが大変だと語っていた。

 症状は進み、若いのに介護用オムツを試したこともある。便には血液や粘液や膿が見られるようになった。

 今振り返ってみると、日常よく遭遇する非特異的な症状の出現から比較的早期に診断ができたのは、家庭医として彼らがRAやUCになるずっと前から私が彼らを知っていたことが大きい。日常生活のどんな場面でどの程度の支障が出ているかをよく把握できた。そして、RAやUCの可能性を念頭に、それぞれの領域の専門医へ病初期から相談しつつ、連携して診断と治療を進めることができたことも2人に安心をもたらした。

 RAやUCの診療では、聞き慣れない専門用語がとにかく多い。RAでは検査の抗CCP(環状シトルリン化ペプチド)抗体、MMP-3(マトリックスメタロプロティナーゼ-3)、治療薬のDMARD(疾患修飾抗リウマチ薬)。UCでは、治療薬の5-ASA(5-アミノサリチル酸)製剤、抗TNFα(腫瘍壊死因子アルファ)抗体、JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害薬などが続く。家庭医の「通訳」が必要な場面が多い。

 その他、家庭医は、症状のモニタリング、薬の副作用管理、新たな情報提供、心理社会的サポート、家族のケアなど、長期的な病気のマネジメントに重要な役割を果たす。患者が自己管理能力の向上に努めることも支援する。


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