ただ、身体の仕組みに完璧はない。エイズでは、この機能がよく働かなくなる(「免疫不全」と呼ばれる)。免疫不全では感染症やがんのリスクが高くなる。逆に過度な免疫にも問題がある。臓器移植での拒絶反応やアナフィラキシーは、「非自己」に対する過剰な免疫反応であり、「自己」を死に至らせる可能性さえある暴走と言える。
自己免疫疾患とは
自己免疫疾患は「自己」を「非自己」と誤認して攻撃してしまうことで引き起こされる疾患である。なぜ「自己」と「非自己」の区別がつかなくなるのか、原因はまだよくわかっていない。
例えば、S.U.さんが罹っている関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)の発症のメカニズムは、次のように考えられている。免疫が関節を包む滑膜(かつまく)を「非自己」と誤認して攻撃する。その結果、滑膜に炎症が起こり肥大化する。
肥大した滑膜によって軟骨や骨が破壊され、関節の変形と機能障害(痛みを伴う)が引き起こされる。RAでは、炎症が全身に及び、肺、心臓、血管、神経など多臓器に障害を引き起こすこともある。
I.F.さんが患う潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis; UC)は、大腸粘膜に直腸から連続的に炎症が波及する慢性疾患である。大腸の内壁に小さなびらんや潰瘍ができ、出血したり膿が出たりする。
免疫が大腸内に正常に存在する無害な細菌(自己)を脅威(非自己)だと誤認し、細菌がいる大腸粘膜を攻撃して炎症を引き起こすと考えられている。免疫がなぜこのように反応するのかは正確には解明されていない。遺伝的要因と環境的要因の組み合わせによるのだろう。
UCにも、身体の他の部位に症状が現れることがある。腸管外症状と呼ばれ、関節炎、口内炎、皮下の脂肪が腫れて隆起し斑点ができる結節性紅斑、目のかゆみや充血、骨粗鬆症などだ。
他にもバセドウ病、橋本病、1型糖尿病、全身性エリテマトーデス、血管炎症候群などが自己免疫疾患として知られている。
「自己」と「非自己」の識別
免疫学での「自己」と「非自己」の識別という問題は深く実存的で、古来多くの研究者を惹きつけてきたに違いない。
本サイトに掲載されている吉永みち子氏が執筆している坂口教授のインタビュー記事『〈ノーベル生理学・医学賞授賞 坂口志文さん〉道程――切り拓いたがん・免疫疾患治療への可能性』には、坂口教授が医学生の時に免疫学の講義を聴いた時の、次のような興味深い話が書かれている。
「自分を守るために異物を認識して攻撃する免疫が、時に過剰に反応したり、自己の組織や細胞を異物と認識してしまって攻撃することもある。自己と自己でないものの境界にゆらぎがある。(中略)そこに生物学的に、あるいは医学的にちょっと深淵でちょっと哲学的なものを感じて、面白そうと思っちゃったんですよね。そこからのめり込んで、結局40年以上。のめり込み過ぎましたねえ」
