2026年1月10日(土)

Wedge OPINION

2026年1月7日

 大事なのは「時間軸」と「空間軸」を一気に広げてみることだ。50年前、100年前の同年代はどんな挑戦をしていたのか。世界の同世代はどんな舞台で戦っているのか。それらを基準に自分を測り直したとき、挑戦の意欲は自然と内側から燃え上がるはずだ。

 また、山下が国家級の勝負に挑んだのは70歳直前である。挑戦に年齢制限はない。

 日本には、まだ「大勝負に出る覚悟」を取り戻す余地がある。山下はその象徴であり、日本人が真に語り継ぐべき存在である。そう信じて、25年8月に彼の波乱に満ちた生涯を描いたノンフィクション小説『ヤマ師』(ダイヤモンド社)を上梓した。

気配りと誠実な行動で
人脈をつくる「人間植林」

 ここで、改めて山下の半生を振り返ってみたい。

 明治後期、山下は慶應普通部を卒業後、慶應義塾大学には進まず札幌農学校(北海道帝国大学)を志した。彼のフロンティア・スピリットは、同校の祖・クラーク教頭譲りである。

 当時、帝国大学を出れば就職に困ることはなかったが、彼は「誰も成し遂げていない大仕事」を追い求め、勤め人にはならなかった。若い頃は大志を持て余して漂流する時期もあったが、挑戦を重ねる中で多くの支援者に恵まれ、導かれるように成功の道へ進んでいった。

 山下はこう述べている。「人間と動物の違いは、突き詰めれば宗教心があるかどうかであり、信仰のない人間はだめだ」。自身に与えられた使命を神意と受け止め、その時々に為すべきことへ全力を尽くした人生だった。

 そして、彼の真の武器は金でも技術でもなく、長期的な人脈形成と、誠実を貫く人格である。札幌農学校で学んだ「良い果実は良い種子から生まれる」という教訓を「人間植林」と名付け、日々の気配りと誠実な行動で人脈を築き、後の事業成功の礎としていった。

 勝機を掴むには度胸が必要だが、勘だけで突き進むのは愚か者のすることだと言ってはばからず、勝負をする時には徹底的に情報収集する。綿密な調査の上だから、見込みがないと判断したときの引き際も実に潔い。無謀な挑戦者というよりも、むしろ「計算されたヤマ師」といえる。情報だけでなく、誰を味方にすれば成功するかも徹底的に考えて、一流の人としか付き合わない。自分の力を過信しないで、いざという時に頼れる人脈を維持することにも力を注いだ。

 人脈形成の根底にあるのは「誠実さ」である。これは、クリスチャンで麻布中学の創設者・江原素六から学んだものだった。札幌農学校の同級生が江原の息子で、そこから知遇を得た山下は、江原家に足繁く通い直接の薫陶を受けた。そして商売の要諦は駆け引きでも知略でもなく、「誠実こそが最大の資本」という素六の教えを終生守り続けた。

 後にアラビア石油の会長に就任する石坂泰三も、彼の誠実さと熱意にほだされた一人である。第2代経団連会長で〝財界総理〟と呼ばれた石坂は、山下の葬儀で「君の事業推進の根本的原動力は誠実さだった」と弔辞を述べている。


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