経営者と家計に
求められること
日本経済は、失われた20年とも30年ともいわれる長期デフレを経験したことで、家計はインフレに強い資産である株式を保有する必要性に乏しかった。実際に家計の金融資産に占める株式の割合が、長期デフレを経験していない欧米対比で小さいことが指摘されている。そのため、資産の大半を現預金で保有する層が多く、インフレが直撃する形となっている。
日本でインフレが発生してから3年超が経過する。ただし、30年近く続いたデフレによって定着した「現金は安全」との常識が変化するには、まだまだ時間がかかりそうである。日本の家計はマクロ的にみると、インフレに脆弱であると言え、GDPの5割強を占める個人消費が停滞する一因にもなっている。
もう一つの理由が賃金である。賃上げが物価上昇に追いついていないことがその主たる理由であるが、その背景には労働分配率の低下がある。
労働分配率とは利益をどれだけ賃金に回したかを測る指標であり、特に低下が顕著なのは大企業である。パンデミック発生以前の19年に64%だったものが、24年には60%まで低下している。人手不足や雇用の流動化に伴う人材流出の恐れから、経営者が賃上げの必要性を認識し、約30年ぶりの賃上げ率が実現しているのは事実であるが、一方で経営者は株価上昇を通じて株主に報いる必要もあり、板挟み状態になっている。
過去数年間、株主還元策として自社株買いの規模が倍増した一方、固定費である人件費の引き上げは利益に対して十分とは言えず、結果的に「物価上昇を上回る賃上げ」は実現していない。残念ながら、このように企業がより株主を見て、労働者が割を食うという構図が直ちに変化するとは思えない。
企業がしっかりと賃上げを実施することが重要なのは言うまでもないが、一方で経営者は自社(あるいは日本企業)の「収益構造が脆弱」「生産性が低い」という根強い認識があり、大胆な賃上げに踏み切れない事情もあろう。事実、「日本は労働生産性が低い」という論評で溢れている。そうした議論の特徴は、GDP水準を労働投入量で除した数値を労働生産性として扱い、その順序を比べると経済協力開発機構(OECD)加盟国でかなり下の方に位置している、という流れである。
もっとも、GDP水準は国ごとに特徴があり、必ずしも単純比較して有意義な結論は得られない。その点を踏まえ、労働生産性の伸び率(改善度合い)で議論すべきという指摘は多い。そこで日本の労働生産性を伸び率でみると、他の主要先進国に引けを取らない数値となっているが、この事実は軽視されているように思える。
日本では労働生産性「水準」に注目するあまり、「労働生産性が改善するまで賃上げはお預け」という結論になっているのではないか。最近でこそ、そうした考えに変化の兆しが見られるものの、良くも悪くも変化はゆっくりである。
こうした状況で家計はどうしたら良いのだろうか。その一つの解決策として、株式保有がある。株主ばかりが潤って家計に恩恵が及ばないなら、家計そのものが株主になることでこうした不条理とも言うべき状況を逆手にとることができる。
また前述のとおり株式はインフレに強い資産である。企業の値上げに伴って、株価は上昇する傾向にあるので、株式を保有していれば物価上昇を追い風に変えることもできる。家計は30年超続いたデフレ型の思考から脱却する必要があるかもしれない。
