乳牛以外の牛への感染
牛といっても、乳牛のほかに、オス牛や肉用牛、あるいは子牛もいる。これらの牛もまた感染する可能性はあるが、今回の米国での流行では、臨床症状が現れたのはほぼ搾乳中の乳牛に限られている。
オス牛、未経産牛、子牛、および乳を搾っていない時期の牛では症状が非常に軽いか、あるいは全く症状が出ない「不顕性感染」となることが多い。今回のウイルスは、特に牛の乳腺組織に対して強い親和性を持っているため、乳腺が活発に機能している搾乳牛で最も重い症状が現れたが、乳腺が発達していないオス牛や子牛では、ウイルスが大規模に増殖できないため、重症化しにくいと考えられている。
牛群内での感染拡大は、主に搾乳機や作業者の手などを介した「乳汁による接触感染」が主因とされている。オス牛や肉用牛は搾乳工程に加わらないため、物理的にウイルスに晒される機会が少なく、結果として集団感染のリスクも低くなる。
現在のところ、肉用牛での集団感染や発症の報告はないが、これは肉用牛が感染しにくい性質を持っている可能性や、乳牛ほど頻繁に健康チェックが行われないために見逃されている可能性などが指摘されている。
ヒトへの感染リスク
米国ではこれまでに70人以上の感染者が確認されている。牛からヒトへのH5N1ウイルスの伝播が確認されたことは、世界的な公衆衛生上の重大な警戒事態となった。
多くの感染者の症状は結膜炎であった。搾乳中にウイルスを含んだ乳が飛散し、直接眼の粘膜に接触したことが主な原因と考えられている。
感染農場の労働者の約7%に抗体が確認されており、自覚症状のない感染が潜在的に広がっていた可能性がある。米疾病対策センター(CDC)は現時点で、一般市民に対する感染リスクを「低い」と評価しているが、ヒトからヒトへ持続的に伝播する能力を獲得するリスクを監視するため、継続的なモニタリングを行っている。
牛乳・乳製品の安全性と治療法、ワクチン
乳汁中に高濃度のウイルスが含まれることから、食品安全が重要な議論となっている。米国食品医薬品局(FDA)および米国農務省(USDA)による検証研究により、市販の牛乳で行われる標準的な加熱殺菌は、H5N1ウイルスを完全に不活化することが実証されている。
全米から収集された464の小売乳製品サンプルを調査した結果、すべてで生きたウイルスは存在しなかった。一方で、未殺菌の「生乳」については、4℃で5週間保存してもウイルスが生存し続けるため、摂取を避けるよう強く勧告されている。
ヒト向けのインフルエンザ治療薬であるバロキサビル(ゾフルーザ)、オセルタミビル(タミフル)、ファビピラビル(アビガン)は、前臨床モデルでは中程度から高い有効性が示唆されている。
現在、牛およびヒトを保護するためのmRNAおよびDNAワクチンの開発が進められ、マウスモデルで完全な保護効果が示されている。USDAは、民間企業が開発した乳牛向けワクチン候補について、フィールド試験を認可し、実効性の検証を開始している。
