人間というものは、思ったよりも簡単には終わらない
今回の闘病生活の中で、私は少しだけ新しいものを手に入れた気がしている。
それは、死生観 のようなものだ。死を意識すると、人は不思議と生き方を考えるようになる。これまで私は、世界を飛び回り、資源を追いかけ、相場を読んできた。しかし病院のベッドで天井を見つめていると、人生とは何かという妙な哲学的思考が静かに浮かんでくる。
もっとも、そんな難しいことを語るつもりはない。ただ一つ分かったことがある。人生というものは、案外しぶとい。
そして人間というものは、思ったよりも簡単には終わらない。山師という人種は、そもそも未来の匂いを嗅ぎながら生きている。
だから私は、毎朝スマホのデータを眺めながら身体という相場の気配を読む。睡眠、心拍、呼吸、歩数――それらはすべて身体が発する小さなサインである。
医者はそれを医学と言い、私はそれを相場と言う。主治医はカルテを見ながら、少し首をかしげて言った。
「中村さんの症例は、なかなか珍しいですね」
医学的にはいろいろな説明がつくのだろう。
リハビリ、節制、栄養。
そこに自己管理、好奇心、行動力、そして少しばかりの楽天的精神。人間の身体は案外したたかで、人生というものは思ったより長い相場らしい。
そして今のところ、私の人生のチャートを見る限り――どうやらまだ、大引けには、ずいぶん早いらしい。
