ターナーが起こした変革、スペース・シャトル爆発事故の同時中継も…
80年6月1日午後6時、アメリカ南部ジョージア州の州都・アトランタ市の放送スタジオからCNNは放送を開始した。スタジオといっても、ユダヤ人の集会所を突貫工事で回収した建物だった。ペンキのにおいが漂っていたという。スタジオの裏庭に立った6基の衛星アンテナが、新しい時代のニュース報道の夜明けを告げていたことを気づいたものはほとんどいなかっただろう。
開局日のニュースは、インディアナ州から凶弾に倒れた市民運動の指導者を病院に見舞うカーター大統領の姿、フロリダ州からはキューバからの難民の上陸……。それらのニュースをケーブルテレビ経由で流したことも、このサービスの革新だった。
「24時間ニュース」は、米国の三大ネットワークが毎日一定の時刻に1日のニュースをまとめていた常識を打ち破った。
世界のメディアがCNNに目を見張った瞬間は86年1月28日、フロリダ州のケープカナベラル宇宙基地から発射された「スペース・シャトル」の爆発事故だった。この瞬間を世界に同時中継したのは、CNNだけだった。
タナー氏が採用したCNNの要員たちは、三大ネットワークの中でくすぶっていた若手記者やプロデューサー、ベテランの記者たちだった。
ターナーと並んで「メディア王」と呼ばれる、ルパード・マードックがさらに新たなメディアの扉を開ける。時代は、衛星放送の時代に突入しようとしていた。
日本にも「マードック旋風」が巻き起こった。98年6月に来日したマードックは、2年以内に150チャンネルのCSデジタル放送JスカイBを開始すると発表した。
ほぼ同時に、ソフトバンクの孫正義代表が指揮をとって、テレビ朝日放送の株式の20%以上を旺文社から取得した。親会社であった朝日新聞をはじめとする、日本のメディア界の反発が巻き起こったために、ソフトバンクはテレビ朝日の株式を朝日新聞社に譲渡して、計画は実現しなかった。
マードックと孫正義が構想していたのは、テレビ朝日のニュースやスポーツ、ドラマなどを多チャンネルで展開しようというものだった。しかし、この構想は実に四半世紀近く後の2016年にサイバーエージェントとテレビ朝日が「AbemaTV(現・ABEMA)」として実現したのだった。
