身を投げた青年はこのマンションの住民ではなく、知人の部屋に泊めてもらっていた。本書の調べによれば、その知人というのが実は、筋金入りのギャングだった。おまけに、このギャング自身は無料で部屋を借りているだけで、本当の所有者はサウジアラビアの王族だという。さらに、青年が変死した当日、この部屋には直前まで、ウガンダからの移民2世の怪しい富豪も一緒にいた。
変死した青年は、ユダヤ系イギリス人の両親を持ち、そこそこ裕福な家庭に育った。それがなぜ、こんなことになったのか?
変死する直前まで一緒にいた男たちから話を聞いた両親は、自分の息子が驚くべき二重生活を送っていたことを知る。本名はZac Brettlerなのに、青年はZac Ismailovとロシア系の名前を名乗り、自分はカザフスタンの大富豪(オリガルヒ)の息子だと称していた。
一筋縄ではいかない裏社会の男たちが、青年の嘘になぜ簡単に騙されたのか? 英国プレミアリーグのチェルシーFCのオーナーだったロシアの富豪ロマン・アブラモビッチの側近からの紹介だったので信じた。青年は時たま、片言のロシア語を話しロシア系にみえた。などと、Zacを知る男たちは両親に説明したのだ。
両親たちは当惑する。息子はロンドンのプライベートスクールに通うちに、世界から集まる富豪の子弟たちと接しお金持ちになることに憧れ、身分を偽って危ない男たちとつきあっていた。
息子がテムズ川に飛び降りたのも自殺ではない。嘘に気づいた男たちが息子を脅し、身の危険を感じた息子は逃げるためにベランダから飛び降りたのではないか。
両親は死の直前まで一緒にいた男の刑事責任を問うべきではないかと考える。しかし、警察は事件性を追及するのに及び腰だった。
息子の変死から1年後には、その男も薬物の過剰摂取で変死する。本書の調べでは、その男は警察が利用していた情報屋だった可能性がある。
ロンドンが見逃す海外マネーの絡む不正
両親から相談を受けたジャーナリストが、さまざまな関係者に直接あたり、まとめたのが本書だ。殺し屋を雇ってマシンガンでライバルのギャングを殺した事件や、ロンドンの有名ナイトクラブを舞台にした数々の恐喝事件など、青年が付き合っていた男たちの多くは犯罪に関係していた。刑事責任をうまく逃れた詐欺師まがいの起業家といった男たちが、高級住宅地に住み贅沢な暮らしをするロンドンの実態をあぶり出す。
一方で、不動産の取引業者らロシアマネーを扱うビジネスパーソンたちが不審な死に方をし、警察は事件性なしとして捜査をちゃんとしないケースもとりあげる。ロシアの富豪からにらまれたビジネスパートナーたちがビルから相次ぎ転落死しているという。
本書では、次のように米国メディアの報道も紹介する。
In 2017, BuzzFeed published a groundbreaking investigation identifying fourteen men “who all died suspiciously on British soil after making powerful enemies in Russia.” According to the report, U.S. intelligence agencies possessed evidence suggesting that numerous deaths that had been characterized by the London police as suicides were actually murders.
「2017年に、ニュースサイトのBuzzFeedは画期的な調査報道をした。14人の男性が『英国内で不審な死に方をし、いずれもロシアの有力者を敵にまわしていた』と。その報道によると、ロンドンの警察が自殺だと片付けた多くの変死が実際は殺人だったとの証拠を、米国の諜報機関は握っていた」
ロンドンは世界中からマネーを呼び込むため金持ちを優遇する政策に傾いてきた。その結果、海外マネーが絡む不正を見逃しているのではないか。むしろ、英国の司法制度は金持ちを保護するために機能している。
