こうした、国際金融都市ロンドンの拝金主義がひとりの青年の飛び降り死亡事件につながった、というのが本書のメッセージだ。次の一節が示すように、英国の政府はロシアの富豪をロンドンに積極的に呼び込んでいた。
In 2008, the UK introduced a new visa program in which foreign nationals who were willing to invest millions of pounds in the local economy could effectively buy status as permanent legal residents. In the first seven years of the program, roughly three thousand people took advantage of it—a quarter of them from Russia—injecting more than £3 billion into the British economy. “London is to the billionaire as the jungles of Sumatra are to the orangutan,” Boris Johnson, who at the time was the city’s mayor, boasted in 2014. “We’re proud of that.”
「2008年に、英国は新たなビザ(在留資格)制度を導入した。外国籍の人であっても、数億円規模の投資を英国ですれば、自動的に永住権を取得できるようにした。制度を導入してから7年間で、およそ3000人が制度を利用し、うち4分の1がロシア人で、総額6000億円を超えるマネーが英国に流れ込んだ。『ロンドンは大富豪にとって、オランウータンにとってのスマトラのジャングルのようなものだ。光栄である』と、当時のロンドン市長は2014 年に誇らしげに語っている。この市長とは、後に英国の首相となったボリス・ジョンソンだ」
上記のビザ制度とは時期がずれるものの、ロシアの超富裕層の子弟が英国にこぞって留学している様子がわかる次の統計数値も驚きだ。
In 1994, Russians made up only 3 percent of the foreign students in British private schools; within five years that number had jumped to 20 percent.
「1994年当時、英国のパブリックスクールに通う外国人のうちロシア人は3%だったのが、5年もたたないうちに、その比率は20%にはね上がった」
そして、本書はずばり、英国の警察がロシアの不正を見て見ぬふりをしている可能性を指摘する。
Britain had become so reliant on the largesse of Russia’s oligarchs that decisions had been made at a high level not to persecute London’s new mafia class, and to instead extend to them the courtesy of being able to kill their enemies in England with impunity.
「英国はロシアの富豪(オリガルヒ)の金の力に依存しすぎているため、ロンドンの新たなマフィア階級を厳しく刑事訴追しない方針が、政府の上層部で決められているのかもしれない。さらに、ロシアの富豪たちがイギリスの中で敵を殺しても、見逃してあげる方針になっているのかもしれない」
他人事ではない英国社会の欺瞞や偽善
本書は残念ながら、19歳の青年Zacがなぜテムズ川に身を投げたのか、事件性はないのか、その真相を100%明らかにするにはいたらない。しかし、青年が交流していた裏社会の男たちや怪しいビジネスパーソンたちへのインタビューの数々や、捜査資料の入念な分析を通じて、さまざまな疑惑や不正の過去が明らかになる。ロンドンはお金持ちのやることに目をつぶる都市だ、という指摘にも説得力がある。
経済的な繁栄の裏で格差が広がり、一般の人々の声は政治や司法の世界には届かない。そんな現実に直面しているアメリカ人にとって、本書があぶり出す英国社会の欺瞞や偽善は他人事ではない。アメリカ人の心に訴えるものがあるからこそベストセラーになっているのだろう。
なお、本書の中でも言及がある通り、ロシアマネーが英国の司法制度など社会インフラを悪用している様を告発した先行ノンフィクションがいくつある。ここでは、参考までに、Catherine Belton著の『Putin's People』の一説を引用して本稿の終わりとしたい。(同書は『プーチン ロシアを乗っ取ったKGBたち』と題した日本語版も出版されている。以下の引用は本コラム筆者による和訳)
The city had grown used to the flood of Russian cash. Property prices had surged as first tycoons and then Russian officials had bought up high-end mansions in Knightsbridge, Kensington and Belgravia. A string of Russian share offerings, led by the state’s Rosneft, Sberbank and VTB, had helped pay the rents and wages for the offices of London’s well-heeled PR and legal firms. Lords and former politicians were paid lavish salaries to serve on Russian companies’ boards, although they were granted little oversight of corporate conduct. Russia’s influence was everywhere.
「ロンドンは大量に流れ込むロシアマネーをなんとも思わなくなった。不動産の価格が高騰したのも、実業界の大物たちに続きロシア政府の高官たちが高級マンションを買い漁ったからだ。ナイツブリッジやケンジントン、ベルグレイヴィアといったロンドンの一等地でのことだ。ロシアがロスネフチやズベルバンク、VTBといった国営企業の株式を相次ぎ売り出したのに伴い、ロンドンのトップクラスのPR会社や法律事務所は仕事が増えて潤い、オフィス賃料や給料を払う足しにした。イギリスの名士や元政治家たちは多額の報酬をもらってロシア企業の取締役になったものの、会社の運営について口出しする余地はほとんどなかった。ロシアの影響力はいたるところにあった」
