2026年6月15日(月)

ベストセラーで読むアメリカ

2026年6月15日

 相場師や話題の人だけではなく、本書ではウォール街の金融機関や、アメリカの中央銀行である連邦準備理事会(FRB)、ホワイトハウス、議会などの重鎮たちを中心に登場人物が100人を超える。本書のタイトルは株式相場が暴落した1929年からとっているものの、33年までカバーし範囲は広い。

 株価が暴落して以降に、銀行が連鎖倒産して失業者が溢れた大恐慌、フーバー大統領からルーズベルト大統領への政権交代、議会による金融機関への調査と規制の強化、マンハッタンの摩天楼建設ラッシュなど内容は盛りだくさんだ。具体的な場面を盛り込んだ断章を積み上げているので、本コラムで、どのエピソードを紹介すればいいか迷うところだ。

 ここでは、金融業界の方々にとって蘊蓄として面白そうな話をひとつあげたい。米国では大恐慌の教訓として33年に、銀行業務と証券業務の分離を定めた銀行法が成立した。当時の銀行は自ら投資ファンドを組成して株式に投資したり、優良顧客にだけ事前に有望株を割引価格で販売したりしていた。株式投資のための融資も膨らませていた。しかも、インサイダー情報をフル活用して、相場操縦のような取引が横行していた。

 こうした不透明な取引関係をなくすためにできたのが33年の銀行法で、立法に貢献した2人の議員の姓を並べてグラス・スティーガル法と一般に呼ばれる。日本における銀証分離政策のモデルとなった法律でもあり、金融業界で働く人は必ず耳にしたことがある法律だろう。

 本書では、銀行法の成立に特に貢献が大きかったグラス議員の動きを追い、銀行と証券を分離することになった経緯を明かす。まず、グラス議員のキャラクターがすごい。

 金融の巨大資本による不正を見逃さない高い理想を持つ人物だった半面、徹底して黒人を差別する差別主義者だった。グラス議員は当初、銀行と証券の分離までは考えていなかった。遅れて銀行業に本格参入した財閥が、業界トップのモルガン商会の力を削ぐために政治的な圧力をかけ、銀証分離の条文をいれたという。

 現在の日本の銀証分離政策にもつながった法律が、黒人差別主義者が金融業界の圧力から妥協の結果つくった規制だったというのは皮肉な現実だ。

 エピソードが満載なだけに結局、本書が伝えたいメッセージを見失いがちになるのも事実だ。どうやら、結論としては次の2点に集約できそうだ。
 
Ultimately, the story of 1929 is not about rates or regulation, nor about the cleverness of short sellers or the failures of bankers. It is about something far more enduring: human nature. No matter how many warnings are issued or how many laws are written, people will find new ways to believe that the good times can last forever.

 「結局、1929年の大暴落とは、政策金利や規制の問題ではない。逆張り投資家がうまく立ち回ったとか、金融業界の重鎮たちがへまをしたという話でもない。いつの時代にも変わらない本質的なもの、つまりは人間の本性が問題だ。いくら警鐘を鳴らしても、いくら法規制を導入しても、人間というものは新しい理屈をみつけては、いい時代が永遠に続くと信じてしまうのだ」

The enduring lesson is not that booms can be prevented or that busts can be fully averted. It is that we need to remember how easily we forget. The antidote to irrational exuberance is not regulation by itself, nor skepticism, but humility—the humility to know that no system is foolproof, no market fully rational, and no generation exempt. The greater the heights of our certainty, the longer and harder we fall.

 「バブルは避けうるとか、バブル崩壊を完全に回避できる、といった教訓が得られるわけではない。人間がいかに忘れやすいかを知るべきだ。根拠なき熱狂を規制によって抑え込めるわけではない。良識をもってしても無理だ。やはり謙虚さが大切だ。完全な制度はない。完全に合理的なマーケットなど存在しない。世代が変わっても同じだ。こうしたことを、謙虚さをもって肝に銘じるべきだ」

さらに知るための名著

 たくさんの登場人物と場面を生き生きと描いている半面、危機の全体像や本質が見えなくなったのは残念だ。テーマが100年近く前の出来事でもあり、独自の調査報道で新事実を発掘するという新聞記者の強みを発揮できていない。

 『大暴落1929』(ジョン・K・ガルブレイス著、日経BPクラシックス)をはじめ同種の作品がいろいろある中で、新しい地平を切り拓いたとは言いにくい。当然ながら、先行する類書からの引用が多い。

 そこで、先行する類書の中で、おすすめをいくつか以下にあげたい。

 読み物としても面白いのはLiaquat Ahamed著の『LORDS OF FINANCE』だ。英米独仏の各国の中央銀行総裁の動きを軸に、金本位制の呪縛の中で、国境を越えたマネーの動きが世界の経済や政治を翻弄した様を描いた。フーバー政権下のメロン財務長官が、アメリカ経済の建て直しには無為無策だった一方、私費でロシアのエルミタージュ美術館から名作絵画の数々を買い付け、ロシアの外貨調達に一役かったという話など、読み手を飽きさせない意外なエピソードも満載だ。

 筑摩選書から上下2巻の翻訳『世界恐慌・世界を破綻させた4人の中央銀行総裁』がある。『1929』の中でも参考文献のひとつとしてあげているほか、筆者ソーキン自身があとがきの中で、『LORDS OF FINANCE』を愛読したことや、その筆者Ahamedにも知恵を借りたと記している。

 ウォール街の暴落を体験した同時代の証言という意味では、Frederick Lewis Allen著の『ONLY YESTERDAY』がある。31年に初版が出ただけに、アメリカにおける1290年代のバブル経済と、その崩壊を描き当時の世相を生き生きと伝える古典的名作だ。筆者の手元には、ちくま文庫から出た翻訳『オンリー・イエスタデイ』がある。


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