アメリカの中央銀行の金融政策の失敗を指摘した学術書としては、ミルトン・フリードマンらが著した『A Monetary History of the United States, 1867-1960(米国金融史)』は見逃せない。ありがたいことに、同書の第7章のみを独立した書籍として翻訳した『大収縮1929-1933』が、日経BPクラシックスから出ている。リーマン・ショックに端を発した金融危機の時に、FRBが異次元の金融緩和政策を導入する参考になった名著として有名だ。なぜか、『1929』では参考文献に入っていない。
日本との関りも深い重要人物
最後に、『1929』の100人を超える登場人物の中から、もう1人だけとりあげて本稿を締め括りたい。モルガン商会を実質的に切り盛りしていたトマス・ウィリアム・ラモントだ。『1929』はアメリカの株式相場の暴落と大恐慌をテーマにしていることもあり、ラモントが果たした金融外交の面における貢献を十分に盛り込めていない。
実は、ラモントは日本にも来たことがあるなど日本との縁が深い。ラモントと日本の関わりについては、以下に引用するように、『ウォール・ストリートと極東』(三谷太一郎著、東京大学出版会)に詳しい。
「ラモントは二〇世紀初頭からウォール・ストリートにおいて活躍し、一九一一年モルガン商会の創立者J・P・モルガンの懇請をうけて、当時最年少のパートナーとしてモルガン商会に参加して以来、その死にいたる三七年間、国際金融におけるモルガン商会の代表者として、同商会のみならずウォール・ストリートそのものを世界に向かって代表した人物である」
「日本側で、これらの親日派を公式に認知し顕彰したのが、一九二七年のウォール・ストリートの主要な銀行家たちに対して行われた一連の叙勲であろう。同年にラモントが金融恐慌後の日本を再度訪れた際、ラモントはとくに昭和天皇への謁見の機会を与えられ、併せて、震災復興のための日本への外国資本の導入に果たした指導的役割に対して、勲二等旭日重光章を授けられた。」
1923年9月1日に起きた関東大震災の直後に、ラモントは日本政府によるニューヨーク市場での資金調達についてアドバイスする手紙を、日銀総裁の井上準之助(手紙が届いた時点では蔵相)に送っている。日銀の金融研究所アーカイブで、その手紙がPDFになって公開されているのをみつけたので、このページにも掲げる。
筆者としては、『1929』を読んだおかげで、積読となっていた『ウォール・ストリートと極東』などを手にとり、いろいろな勉強をするきっかけとなった。改めて、『世界大恐慌 1929年に何がおこったか』(秋元英一、講談社学術文庫)も買って読んでみた。第一次世界大戦後の世界経済の覇権の変化なども含め大きな構図の中で、アメリカ社会の変化もおさえながら簡潔にまとまっており分かりやすい。

