他方で、米国はその能力を自ら浪費している。イラン戦争はその最たるもので、どう決着をつけるのかいまだ定かでない。その間、武器弾薬を大量に費消した。逆に、ウクライナ戦争はその能力を節約しているケースである。
高まる危険
いずれにせよ、米国をかつてのようには頼りに出来ないとのメッセージはよく伝わった。欧州では、ドイツはその軍を欧州で最強の通常戦力にするつもりである。
フランスはその核戦力を欧州のために役立てようとしているらしい。NATOの指揮統制システム(米国の将官が率いている)が有事に機能しない場合には英国が率いるJoint Expeditionary Force(北欧・バルト諸国10カ国の軍事的枠組み)を使うことを考える向きが一部にあるようである。
日本は豪州、フィリピンなどと防衛協力を推進する方針である。全体として、筆者が推奨する米国の同盟国・同志国の間の新たなパートナーシップの構築に向けて動き出している。
一体、トランプ政権は「我々が必要とするのはパートナーであって保護国ではない」といつまで繰り返し、それだけで「事足れり」とするつもりなのか? バイデン政権時代に作られた米英豪3カ国による安全保障の枠組みAUKUS(オーカス)が生き残ったことは朗報だったが、米国の関与が依然として枢要であることに変わりはない。
ハースは「如何なる代償を払ってでも安定を求める」ことが今後も目標であってはならないことを強調しているが、それはもちろんのことである。しかし、米国の同盟国・同志国に関する限り、その心配はあまりないと思われる。
心配は、米国の関与なくしては、機を見るに敏な「南」の諸国がこの安易な選択、すなわち、「如何なる代償を払ってでも安定を求める」ことに走る危険が大きいことであろう。

