2026年7月2日(木)

Wedge REPORT

2026年7月2日

 企業経営に例えれば、単なる売上高ではなく、利益率、顧客生涯価値、従業員満足、再投資余力を含めて事業を評価する考え方に近い。観光を「人を呼ぶ政策」から「地域を経営する戦略」へと引き上げる概念だと言ってよい。

なぜ観光は低賃金だったのか

 観光産業は長年、人材不足と低賃金に苦しんできた。コロナ禍を経て、その問題はさらに可視化された。若い世代から就業先として敬遠される傾向もある。

 しかし、本ビジョンはその原因を単なる需要不足に求めていない。むしろ問題は、需要があっても十分に価値を回収できない産業構造にある。

 日本の観光は長く「人数=成果」という発想で運営されてきた。来訪者数の増加を重視するあまり、低価格化、稼働率重視、薄利多売の構造が固定化された。

 宿泊、飲食、交通、体験、物販が分断され、一体的な高付加価値商品として設計されにくかった。オンライン旅行代理店(OTA)や旅行代理店への依存、値上げしにくい文化もあり、価格決定力が弱かった。

 その結果、「人は来るが、価値が残らない」観光になってしまった。売上は増えても利益が残らず、利益が残らなければ賃金も上がらない。

 本ビジョンが示す処方箋は明快である。観光を、単なる一過性の消費ではなく、価値創造と再投資が循環する産業に変えることだ。

 地域ならではの自然、文化、食、工芸、歴史、暮らし、産業を体験として再編集し、適正な価格で提供する。その収益を、働く人の処遇改善、人材育成、地域インフラ、自然保全、文化継承へ再投資する。この循環ができて初めて、観光は「やりがいはあるが低収入」の仕事から、「誇りを持って長く働ける産業」へ変わる。

「五方よし」の観光産業に

 本ビジョンでもう一つ重要なのが「五方よし」である。

 従来、観光では「住んでよし、訪れてよし」という言葉が使われてきた。本ビジョンはそれをさらに拡張し、以下の五つの視点を提示している。

• 住んでよし
• 訪れてよし
• 働いてよし
• 事業・投資してよし
• 自然・文化によし

 これは単なるスローガンではない。観光を地域経営として成立させるための設計思想である。

 近年、世界各地でオーバーツーリズムが問題になっている。観光客が増えても、住民の生活環境が悪化し、働く人の賃金が上がらず、自然や文化が損なわれるなら、その観光は持続しない。一方で、住民負担を恐れて観光を過度に抑え込めば、地域経済の活力も失われる。だからこそ、観光は来訪者満足だけでなく、住民満足、従業員の処遇、事業者の収益、自然・文化の保全を同時に設計しなければならない。

 これは観光版のステークホルダー資本主義であり、地域における「新しい資本主義」の実装形態とも言える。


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