2026年8月26日(水)

日本人が知っておきたい安全保障レッスン

2026年8月26日

 今や当たり前になっていて意識が向かないかもしれないが、人類史においては「戦争をして利益を得よう」という思想が違和感なく受け入れられる時代があった。そのことに思いを馳せると、現代日本において「戦争を防ごう」という目的が立場を超えて共有されていることに私は安堵する。平和主義と現実主義との溝は深いように見えて、実はただ手段の選好が違うだけなのだ。

 平和を巡る政策についてはイデオロギー対立のように語られることも多いが、目的が一致している稀有な政策領域だと言える。社会保障や税制については、再分配や平等を重視するか(大きな政府)、市場原理や自由を重視するか(小さな政府)といった形で目的自体が共有されていない。それに対して、平和は積極的平和であれ消極的平和であれゴールが共有されている。

 だからこそ、差を強調して不毛な対立を引き起こすのではなく、目的を共有できていることを確認した上で、「どうすれば平和が達成できるか」という手段について感覚論を超えた真剣な議論が展開されることを願ってやまない。

複雑さを引き受ける

 知的真摯さをもって平和の達成手段について皆で考えていく。その議論に少しでも参考になればと私はここで安全保障について書かせてもらっている。

『平和と愚かさ』東浩紀著(https://amzn.to/3XdSYe9

 だが、果たして人々は四六時中、抑止力や周辺国の脅威について学び、議論すべきだろうか。そんな状況が「平和」だと言えるだろうか。戦争の悲惨さについて学ぶのと同様、いがみ合うことも辞さない安全保障について考えるのはある種の苦しさを伴う。批評家の東浩紀氏は平和を「考えないこと」と定義し、その本質は「戦争について考えないことが許されること」だとする(『平和と愚かさ』(ゲンロン、22頁)。非常に興味深い定義だ。心の平穏というものは戦争と無関係を決め込めるような状況に訪れるのだろう。

 私自身は全員が日常的に平和や安全保障を考える必要はないと思う。それは軍人や外交官、政治家がやるべき仕事だ。けれども、この記事を読んでくださった読者の中で一人でも多くの方が、今日一日立ち止まってそれらについて真剣に考えてもらえると嬉しく思う。

 安全保障の世界は矛盾だらけだ。基地問題などでは二つの平和観が鋭く対立することもある。国際関係も一筋縄ではいかない。それでも、分かりやすい結論に飛びつくのではなく、複雑さを引き受けた先にこそ、平和が達成される道があると考える。本連載に物足りない点や同意できない点もあるだろうが、引き続きお付き合いいただければ幸いである。

Facebookでフォロー Xでフォロー メルマガに登録
▲「Wedge ONLINE」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る