現場本部を充実させ
後方本部は支援徹底を
危機管理の世界ではオンサイト(現場)の本部とオフサイト(後方)の本部の役割分担を重視する。11年、東京電力福島第一原発事故の時、所長がオンサイト(現場)の指揮を執り、オフサイト(後方)の本部が東京電力の本社に設置された例は記憶に新しい。
これを自然災害に当てはめて考えると、水害時に現地で河川や堤防の状況を把握して重機などによる救援活動の現場指揮を行うのがオンサイト(現場)の本部で、避難所の管理運営や食料や毛布などの配付、国・都道府県・近隣市町村等からの応援受け入れの調整などを行うのがオフサイト(後方)の本部である。
私が東京都副知事だった00年6月26日夕刻、気象庁から三宅島に緊急火山情報が出された。火山性地震が頻発している、すなわち地下でマグマ(岩石が高温で溶けているもの)がしきりに動いているというのだ。
私はすぐに当時の石原慎太郎知事と相談し、ヘリで直ちに現地に入り、その夜のうちに現地対策本部を立ち上げた。三宅村職員は全部合わせても100人程度なので最初から人手は足りない。現地本部には村役場や都庁のほか自衛隊・海上保安庁・気象庁・警察・消防・電力会社・通信会社・船会社などの代表に初期段階から現場に入ってもらい、数時間おきに情報交換と役割分担の会議を開催した。
それから2カ月ほどはマグマの動きに従って、地域ごとに島内避難を繰り返した。8月末に火砕流(噴火で生じた岩石やガスが急激に山の斜面を流れる)が生じたため、全島民(当時約3850人)を島外に避難させた。
その間、新潟県や東京の八王子市にまで灰が降るような大噴火を何度も繰り返したが、犠牲者を出さずに済んだ。これには、自衛隊を含む政府各省庁や都庁各部門の全面的応援があったことも挙げられるが、オンサイト(現場)の業務を初期段階から現場各機関の調整に徹したという点も大きい。
村役場職員は地理・地域・住民の事情に精通しているため、現場対応に徹してもらい、避難所として利用されている体育館への備蓄物資の搬出搬入やそれにかかる手配や調整などは都立三宅高校の生徒に頼むなどした。

