集権は成功も失敗も大きくする
権威主義体制による集中が魅力的に映る背景には、近年の高成長がある。世界銀行のWorld Development IndicatorsとV-Demの体制区分を組み合わせたデータによる筆者の分析では、2024年の実質国内総生産(GDP)成長率の単純平均は権威主義国家の3.94%に対して民主主義国家は2.35%であり、一人当たり実質GDP成長率でも、権威主義国家の2.13%に対して民主主義国家は1.57%であった。
しかし、同じ方法で61年から24年までを分析すると、一人当たり実質GDP成長率は権威主義体制の1.80%に対して民主主義体制は2.23%となる。一人当たり実質GDPが前年を下回った国の割合も、権威主義体制の32.16%に対して民主主義体制は21%であった。因果関係を示す分析ではないが、権威主義が安定した高成長を保証するわけではない。
権威主義体制は、選択が成功すれば大きな成果を短期間で実現できる。一方、資金、人材、設備、研究開発が同じ方向へ集中しているため、選択を誤れば失敗も社会全体へ広がりやすい。
民主主義体制では複数の試行が並行し、一つが失敗しても別の選択肢が残る。強みは、政府が最初から正解を選ぶことより、誤りの影響を限定し、途中で方向を変えられることにある。
民主主義国家には集権化できない理由がある
民主主義国家が権威主義体制と同じ水準まで集権化することには原理的な限界がある。権威主義体制は、国家目標を優先し、住民の権利、環境や労働条件、企業の判断を強く制約してでも、土地、データ、資金、人材を動員できる。反対意見と政策検証を抑えれば、社会を短期間で同じ方向へ動かせる。
民主主義体制では、政府の決定は基本的人権、財産権、法の支配、司法審査、議会審議、報道の自由による制約を受ける。企業には経営判断の自由があり、大学には研究の自由がある。環境審査や個人情報の利用には手続が求められ、市民には異議申立ての権利が保障される。これらは資源集中を遅らせる要因であると同時に、民主主義が守るべき価値そのものである。
同じ速度と規模で集中しようとすれば、人権保障や企業、大学の自律性を弱めることになる。それでも直接命令は難しいため、補助金、政府保証、政策金融、政府調達、税制優遇を通じて協力を促す。
その結果、権威主義体制ほど徹底して動員できない一方、民間の政府依存は深まる。民主主義体制が権威主義体制と同じ土俵で競争することは、自らの強みを弱めることを意味する。


