国家主導で企業を強くできるのか
日本が官僚による産業選択を強めても、人口、市場、資金、資源、製造基盤の規模で大きな国家に優位に立てるとは限らない。むしろ、政府の支援を待たなければ投資できない企業が増える。成功すれば企業が利益を得て、失敗すれば政府が損失を負う構造が定着すれば、経営者が自らリスクを判断する力は衰え、市場や消費者より政府の予算と政策文書に敏感になる。
さらに、政府が選んだ企業へ支援が集中すれば、支援を受けない企業や新規参入者との競争条件も変わる。政策によって守られた企業が存続する一方、新しい企業が市場で挑戦する余地は狭くなる。
政府が企業を強くしようとするほど、政策に依存する企業が増える。これは本連載「解剖:「大きな政府」を好む日本」が扱ってきた「大きな政府」の問題と同じである。問題は支出の大きさだけでなく、政府が企業、大学、自治体、市民の判断を代替し、それぞれが自ら判断する力を弱めることにある。
民主主義国家は自らの強みを生かせ
民主主義体制の強みは、多数の企業、大学、投資家、自治体、市民が異なる判断を行い、複数の試行を同時に進められることにある。AIや重要鉱物のように正解を予測しにくい分野ほど、多数の主体が異なる可能性を試す価値は大きい。
そのためには、企業、大学、投資家が、政府の指定する重点分野や補助金の採択基準から独立して、投資や研究の対象を選べる状態を保つ必要がある。政府資金を呼び水にして民間資金を動員する場合にも、政府が選んだ分野へ資金と人材を一方向に集める構造を避けなければならない。多数の主体が存在していても、すべてが政府の判断に従えば、実際の選択は政府へ集中する。
政府の役割は企業や大学の進路を選ぶことより、参入、競争、失敗、再挑戦が可能な共通基盤を整えることにある。集中が必要な場合にも、対象、期限、検証手続、終了条件を明確にし、恒常的な官僚統制への転化を防ぐべきである。
問題は特定の政権に限られない。政権交代後も予算、権限、基金、支援組織は残る。政治家が積極財政を掲げ、官僚が戦略分野を認定し、企業が補助金を求める関係が定着すれば、当事者全員が国家主導型経済の維持に利益を持つ。
権威主義体制が資源を集中させるなら、民主主義体制は多数の主体が異なる判断を行えることを強みにすべきである。日本が国家主導型経済を強化すれば、権威主義の得意な方法を不完全にしか模倣できない一方、民主主義の試行錯誤、失敗の限定、政策修正という強みを失う。
民主主義の強みは、国家が正解を知っていることではない。国家も誤ることを前提として、誤りを発見し、被害を限定し、方向を変えられることにある。権威主義体制に対抗するために国家主導を強めれば、日本は自らその強みを捨てることになる。
政府が未来を選ぶ範囲が広がるほど、企業と市民が未来を選ぶ余地は狭くなる。それが、国家主導型経済の代償である。
