そこで読んでいただきたいのが、本書である。日本の前を走っている米国の遺伝子検査をめぐるリアルな実態を、「ネイチャー」元編集者の科学的かつジャーナリスティックな目でとらえている。
ケヴィン・デイヴィーズの著作には、ヒトゲノム解読競争の内幕を追った『ゲノムを支配する者は誰か――クレイグ・ベンターとヒトゲノム解読競争』(日本経済新聞社)があり、私は面白く読んだ。本書は、その続編ともいえる。
2003年にヒト一人分のゲノム解析を完了した後、いわゆる「ポストゲノム」の時代から「パーソナル・ゲノミクス」の時代を扱っている。
「その後のDNA解読技術の進展を一方の軸に据え、他方で個人の全ゲノムをわずか千ドルの費用で解析することができるようになったときに、それが私たちの社会にどのような影響を与えるのかを、今起こりつつある変化を概観する形で紹介している」と、監修者のまえがきにある。
いやいや、本の厚さと文字量からおわかりのように、「概観」というレベルではない。「ネイチャー」や「ネイチャー・ジェネティクス」などの編集者、研究者として培ったネットワークを駆使して、ゲノムの海に泡のごとく集まっては消える患者や家族、研究者、一攫千金を狙う者、ネット業界の大立者、怪しげな健康食品を売らんとする者たちを、これでもかこれでもかと活写する。
もちろん、DNAが二重らせんであることを解明した大御所、ジム・ワトソンも登場し、ゲノム狂想曲をおおいに盛り上げてくれる。
遺伝子解析サービスは眉唾もの?
結論を先にいうと、現在商業化されているSNP(一塩基多型)解析はまだ過渡期にあり、遺伝子解析サービスも眉につばをつけて見ておくほうがよさそうだ。
「変異と個人の形質や疾患との関係に関する新しい情報は常に更新されていくので、検査結果の解釈も変更や追加が加えられていくことになる」からだ。
本書の前半では、膨らんだ期待を受けて雨後の筍のごとく解析サービス会社が乱立するようすが描かれるが、結局のところ、2010年にはほとんどの企業が個人へのゲノム解析の販売から手を引いた。残った「23アンドミー」も2013年12月、新規顧客への医療情報(疾病リスク等の情報)の提供を停止するにいたった。