2024年4月20日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2014年9月26日

 <いまいちばん宣伝されて最も注目を集めている一般向けゲノム解析企業は、シリコンバレーに本拠を置く23アンドミーだろう。社名は、人間の遺伝情報を運ぶ染色体が二十三対あることに由来する。この会社を作ったのはアン・ウォジスキとリンダ・エイヴィーというふたりの女性だが、どちらも遺伝学者でも医師でもなく、バイオ企業の経営経験もない。とはいえ、ウォジスキがグーグルの共同創業者サーゲイ・ブリンの妻だという事実にはそれなりの意味があった。23アンドミーはファッショナブルな「唾吐きパーティー」で有名人の唾液を集め、雑誌記事やテレビ番組で取り上げられ、『オプラ・ウィンフリー・ショー』にもスカイプで出演した。『タイム』誌は23アンドミーの個人向けDNA検査事業を2008年のインベンション・オブ・ザ・イヤーのトップに選んでいる。>

 ……と、こんな具合に、個人のゲノム解析サービスをめぐる狂奔ぶりをワイドショーさながら垣間見ることができる。

未来の医療への過渡期に、
生みの苦しみを抱えながら

 一方、「一人分の全ゲノムを千ドル未満で読みとる」という夢に吸い寄せられた人々の「努力と創意のおかげで」、シークエンシング(塩基配列の読みとり)技術は着々と向上し、費用は急激に下落していった。

 本書の後半では、「バイオ医療研究と予防医学の中核となるであろう次世代シークエンシング技術の誕生」を克明に追っている。

 むしろ、著者の力点は、「ふつうの人にゲノム・シークエンシングを提供することで医療の姿を変えようとしつつある人々とその技術の物語」にある。

 <誰もがゲノム・シークエンシングを手の届く価格で受けられるようになるという展望は、未来のヘルスケア(保健医療)と分かちがたく結びついている。未来の医療とは、自動DNAシークエンシングの祖父であるリー・フッドいわく、一人ひとりに合わせた(personalized)予測的で(predictable)予防的で(preventative)参加型の(participatory)医療、略して「P4医療」である。>

 私自身は、第12章「個人ごとの反応」において、アフリカ系アメリカ人によく効く心不全治療薬をめぐって「薬の処方に人種を持ち込んでよいか」、真剣に論争する米国社会の姿に興味を覚えた。

 「皮膚の色ではなく遺伝子配列に基づいて反応性の高い患者を選び出」したり、「ゲノム配列を手引きとして、医師がそれぞれの場合ごとに適切な薬を選」んだりする。そんな未来の医療への過渡期に、生みの苦しみを抱えつつ、われわれはいま立っている。

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