2024年5月24日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2014年11月14日

――つまり、今の時代、色々なものがよく見えるようになっているということですね。

吉川:報道を見ると、今は日本社会の状態について「ネガティブな側面」や「システムの齟齬」を指摘して、やたらと「〇〇問題」という取り上げ方をされがちです。しかし、85年当時は、実際にはさまざまな問題がありましたが、そこに目が向けられることがほとんどありませんでした。なぜそのようにのんびりしていたのかといえば、日本人の一人ひとりが自分の頭で判断していなかったからです。

 たとえば、夫が大企業で働き、労働組合に加入している専業主婦のような場合、その労働組合が支持している政党の政策の中身ついて、いちいち判断しているわけではなかったのではないでしょうか。ただ、夫の会社の利益にもなるし、現状で日本がうまくまわっているのだから、政党が掲げる主義を信じて選挙で投票しようと単純に考えがちだったのだと思います。

――それはまさに本書に書かれている権威主義ともつながるのでしょうか?

吉川:そうですね。権威主義に限らず、「伝統的か近代的か」という基準の上に様々な物事が乗っていました。それは仕事のみならず、家族の形態や子育ての方法にも当てはまります。たとえば、当時、「紺ブレ」や「トラッド」などというコンサバな服と、カジュアルな服が共に流行っていましたが、紺ブレを好む人たちは伝統を重んじ、カジュアル系を好む人たちは革新的な新しいものを好んでいたというようにふり返ることができます。こうした流行でさえ「伝統的か近代的か」という大きなプラットフォームの上に乗っていたので、その枠組みを使って社会現象が解釈できたのです。しかし、最近ではそのように単純な理解はできなくなっています。

――わずか20年ほどでなぜそんなに変わってしまったのでしょうか?

吉川:それは85年当時と比べ、日本人の中核となる世代が入れ替わったことと、日本人の教育水準が高くなったことが大きいと私は考えています。85年にはまだ国民の半数近くが戦前の教育を受けた人びとで、義務教育卒の人が全体の3割以上いました。しかしその後「大学進学は当たり前」と考える世代が労働力の中心となり、旧世代と入れ替わったことが大きい。最近では、子供の学力が低下しているとよく話題になりますが、実はOECDの調査では、日本人の成人の学力は世界で1位です。現在の日本は国民全体のリテラシーが高まり、知識欲が高い状況になったので、それに伴って雇用や経済の状況や社会のしくみが変わってきたのは当然のことです。


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