「巨人、大鵬、卵焼き」と一世を風靡した大鵬と対戦した力士は、立ち合いでのぶつかりを異口同音にこう表現した。
「思い切ってぶつかったが、手応えがない。衝撃を吸収されてしまう感じ」。
大鵬の体の柔らかさをデータも示す。1973年に東京教育大学(現筑波大学)が、横綱の大鵬、玉の海(1944-71)ら十両以上の力士47人を対象に身体能力を測定したデータがある。大鵬は、伏臥上体そらしなど体の柔軟性を示すデータが飛び抜けていた。ちなみに、もう一つ目立ったのが「肺活量」だった。
この大鵬に対する表現と同じことを、白鵬と対戦する力士も口にする。白鵬は、立ち合いで、出遅れることなく踏み込み、相手の出方を受け止める余裕もある。変貌自在なのである。自分の型にはめ込む幅(遊び)が大きい。
白鵬は、立ち合いの時に、横綱「双葉山」(1912-1968年)が得意とした「後の先」(ごのせん)を目指している。後の先は、立ち合い時に相手の動きを見て、かすかに遅れ気味に立つことである。双葉山は、これによって相手を下から攻め、主導権を握った。一歩間違えば、相手に付け入れられてしまう危険もある。しかし、この後の先は、相手の力を吸収し、有効に利用するのに理にかなっているやり方なのである。
膝を抜き、地面反力で相手の力を吸収
図1を見て欲しい。両力士が勢いよくぶつかった立ち合いである。右図から左図へと相撲が展開していく。左の力士を白鵬とすると、下位の力士は頭を下げてぶつかっていくが、「後の先」で構え、白鵬はびくともせず受け止める。そして、相手力士の力を上に押し流す(押し上げる)。力を逃がした格好だが、相手力士は力が吸収されたと感じ、白鵬は相手の力を巧みに使い、自分の型にはめ込んでいける。
関西大学人間健康学部の小田伸午教授は「稽古で鍛えられた強靱な筋力に裏打ちされた、うまさがある。具体的には、『膝の抜き』によって、強力な地面反力(地面からの力)を活用している」と指摘する。