2022年10月6日(木)

対談

2015年9月26日

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木下 その硬直性はかなり極まってきていますよね。最近は制度上でも、どんどん地元負担がなくなる仕組みになってきているんで、「配るだけ」が強くなってしまっています。仕組み全体もおかしいけど、現場に下りてきたときに何が起こるかを、そもそも勘定に入れていないのはもっと問題です。

 事業者も今日、明日の生活に困っているわけでもないし、補助金や助成金の全部が自分の懐に入るわけでもないから、もらうとかえって面倒くさいからもらいたがらない。でも役所はもらってくれないと困る。だから補助金営業に明け暮れることになってしまう。

 本来、行政機構は国も県も市町村も対等であるべきだと思うのですが、偏差値や大学のヒエラルキーがそのまま持ち込まれて、「国家公務員になれるほどじゃないから地方公務員になろうか」「県庁がダメなら市町村役場でもいいか」といった、志望校のレベル分けみたいなことになってしまう。官庁でも高い志を持っていた人が辞めちゃうケースが多いし、僕の知り合いでも自治体の職員を辞めてしまった人がいます。感度の高い人ほど、いま苦しい思いをしているし、これからどんどんつぶしの利かない職能になるから、その前に辞めてしまうという発想になりますよね。

久松 結局は人なんだよね。実感として、県職員と市職員のレベルの差は感じざるを得ないですね。むしろ自治体ごとに国をアテにせずに、10万人なら10万人でどれだけ面白い都市にするかを真剣に考えなきゃいけないのに、そういうことを考えている人ってやっぱり少ないんですよね。

木下 どこの組織にも面白い発想を持った方はいます。でも、やはり少ないですよね。組織の規模だけで一括りにはできなくて、大きな組織でも小さな組織でも、社会全体をみて自分の行動がどうあるべきなのかという議論ができる人は必ずいますが、やはり少数です。個人単位、セクション単位での利害衝突に明け暮れるのが息苦しくてやめる。ま、やめちゃうってのも決して悪いことではないと思いますけどね。

 一方で、安定職だから公務員になるというタイプの人の目に映っているのは、自分と家族のことだけです。だから10万人の市民の明日の幸福よりも、今日の自分の飯のタネに走ってしまう。組織はそんな人たちだけにどんどん濃縮していってしまう。これはもう、官民がどうしたとかは関係なく、各人の価値観の問題なのかなと思います。あれをやると節税になるとか、これをやると得になるとか、これやったら出世するとか、それをやられて失敗されたら自分のキャリアに傷がつくとか、そんな話ばかりして自分以外の飯のタネに無関心な人はどこにでもいます。地域衰退は大変だというけど、私財を投入することはしない。私財から一銭も地域への投資はせずに、国の金を引っ張ることばかり議論している。でもそんな人がポンと娘に車を買ったりする。いろいろな矛盾がそこにあります。

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