チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年11月2日

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 今回の6中全会コミュニケの場合、「民主集中制」の中身として言及したのは「集団的指導体制」であるから、そこで強調されているのは当然「民主」の部分であろう。そして、習近平氏を初めて「核心」と位置づけたこのコミュニケにおいて民主集中制の「民主」を強調することは、まさに習近平という核心に対する警戒と牽制の意味が込められているのではないかと思われる。

 そして、ここでの「集団的指導体制」への言及は、まさに習氏への権力集中に対する牽制そのものなのである。「集団的指導体制」とは共産党のもう一つの「組織原則」であり、文字通り、「重要な方針の決定を複数の幹部の合議によって行うもの」との意味合いだが、中国ではとくに鄧小平時代以来、大変な政治的弊害を生んだ毛沢東の個人独裁に対する反省から「集団的指導体制」が強調されてきている。集団的指導体制はあらゆる意味において、まさに個人独裁に対するアンチデーゼだからだ。

 以前の江沢民政権と胡錦濤政権のいずれもそれを中央指導部運営の大原則にしていたが、習近平政権時代になると、独裁志向の強い習近平氏自身の意向によるものなのか、この言葉にあまり言及しなくなった。しかし6中全会コミュニケではこの用語を再び持ち出してことさらに強調しているということは、どう考えても「核心」となった習近平氏に対する強い牽制以外の何ものでもない。つまりコミュニケは共産党伝統の「組織原則」を持ち出して、彼個人への権力集中と独裁に歯止めをかけようとしているのである。

「党内民主」は「党の命」

 「集団的指導体制」を強調するこの部分に続いて、コミュニケはさらに、「党内民主」を論じる段落を設けた。「党内民主は党の命であり、党内政治生活の積極健全さの重要な基礎である。いかなる党組織と個人は党内民主を圧制してはならない、それを破壊してはならない」とコミュニケは述べているが、普段は「民主主義」を何とも思わない中国共産党が、「党内民主」を「党の命」とまで強調しているのは、コミュニケ全体の文脈からすれば、まさに習近平氏の独裁を警戒して予防線を張った意味合いであろう。

 このように、中国共産党の6中全会コミュニケは、習近平氏を「党の核心」だと位置づけて彼に突出した政治的権威を与えると同時に、習氏への権力集中を強く警戒してそれに歯止めをかけようとする内容となっている。しかも後述するように、たとえば文中の「集団的指導と個人的仕事分担の結合」に対する言及や、「いかなる党組織と個人は党内民主を圧制してはならない、それを破壊してはならない」というような表現は実は、今までの習氏の政治手法に対するあからさまな批判であるとも受け止めることが出来る。

 習氏に「核心」としての地位を与えながら、彼個人への権力集中を警戒してそれを強く牽制する、この一見して矛盾するコミュニケの文面は一体何を意味するのか。もっとも合理的な解釈は、今の中国共産党指導部は決して一枚岩ではなく、習氏を強く推そうとする勢力と、彼を強く警戒して彼が独裁者になることを封じ込めようとする勢力が厳然と存在しているということである。つまり6中全体コミュニケの矛盾した文面は、まさにこの二つの勢力による抗争と妥協の産物であり、反習近平勢力が存在していることの証拠なのである。

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