Wedge REPORT

2010年4月1日

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伊藤公紀 (いとう・きみのり)

横浜国立大学大学院工学研究院教授。1950年福岡県生まれ。78年、東京大学大学院工学研究科工業化学専攻卒業。著書に『地球温暖化論のウソとワナ』(KKベストセラーズ)など。

 IPCC報告書からは、非査読文献を洗い出す、という単純なやり方により、次々と誤りが発覚した。これらはまとめて「IPCCゲート」と呼ばれている。根拠薄弱な情報が、IPCCの権威でロンダリングされ、CO2による温暖化・気候変動が脅威という仮説を誇張するのに使われたのである。

ずさんなチェックシステム

 グレーシャーゲート事件で浮かび上がった深刻な事実はまだある。IPCC議長のパチャウリは、自身が主宰する研究所TERIが財団から助成を受ける際、例の2035年という数字を使っていた。また、ハスネインはTERIの職員であった。彼は後に、「2035年が間違っていることは知っていたが、立場上、パチャウリ氏には言えなかった」と語っている。

 IPCCの構造的な問題も明らかになった。IPCC報告書には、信頼に値するレビュープロセスがあるとされてきた。多くの著者が書いた個別の報告書は、多くの専門家によって読まれ、レビュー(意見)が付される。ここで「2035年」のような異常な記述にはチェックがかかりそうなものだ。それができなかったのには理由があるはずだ。

 WGⅠの報告書を担当した氷河の専門家G・ケイザーが語ったところによれば、彼は査読が終わったヒマラヤ氷河の原稿を見て、「専門家なら誰でも分かる馬鹿げた間違いだ」とIPCCに報告したが、彼の助言は容れられなかった。つまり、問題の箇所は専門家が書いたのでもないし、専門家が目を通してもいなかったのだ。しかも統括執筆責任者のラルは後日、「間違いに気付いていたが、その方がインパクトが強くなると思った」と語っている。

 ちなみに、当該章の査読編集者は西岡秀三氏(元国立環境研究所参与)である。西岡氏はWEDGE編集部の取材に対し、書面で「必要な指導を担当著者に行ったが、十分に反映されず遺憾」と回答したと聞くが、それで済むのだろうか。

 明らかに、IPCCの各作業部会の独立性は過剰だった。また、各報告書が約1000ページに膨れ上がり、現在の執筆・査読のシステムにとって負荷が過大となっている。こうして、素人が書いた確信犯的な間違いが素通りする構造ができあがってしまったのである。「IPCCの結論は2500人を超える最先端科学者が総意で出したもの」という表現は、実態とかけ離れていると言わざるを得ない。

作られた温暖化人為説

 このようにして、IPCCの中立性と権威は失われた。しかし、急に失われたのではない。第3次報告書の時点で既に危うかった。この報告書の目玉は、20世紀後半の気温上昇が異常であることを示した「ホッケースティック(HS)曲線」(下図B)だった。これは、事実上捏造に近かった。

 米国M・マンのHS曲線は、複数の誤りから生じた。第3次報告書に取り上げられた初期(99年)のHS曲線は、不適当な樹木年輪データと、数学的ミスの産物であることが分かっている。その後、08年に出た最新バージョンのHS曲線では、重要なデータの温度が高低を逆にされたために20世紀の気温急上昇が生まれた。なぜここまで無理を重ねたのか。疑惑を抱かれても仕方ないだろう。

 過去・現在の気温変化についての科学的知見は次のような変遷をたどっている。IPCC第1次報告書の図(下図A)は、過去気候研究の第一人者であるH・ラムが著書に載せた「推定気温」が採録されたものとみられる。これは気温データのない過去について、古文書の記述から気温を推測したもので、イギリスでワインが作られた中世温暖期と、テームズ川が凍った小氷河期を見ることができる。

 

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