2023年1月31日(火)

オトナの教養 週末の一冊

2017年2月24日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

心の未来を客観的かつ合理的に示す

 第Ⅲ部「意識の変容」では、夢や薬物(ドラッグ)や精神疾患、ロボットや宇宙のエイリアンにいたるまで、別の形態の意識を探る。

 脳に光線を当てることで行動をコントロールする経路を活性化する「光遺伝学」や、脳深部刺激術など、急速に進展しつつあるテクノロジーも紹介される。

 近い将来、脳を制御・操縦することで、うつ病やパーキンソン病、アルツハイマー病、その他たくさんの疾患を治せるようになる可能性もありそうだ。

 また、オバマ前米国大統領が公表した大規模な脳研究プロジェクト(BRAIN=革新的神経テクノロジーの推進による脳研究)と、欧州連合によるヒューマン・ブレイン・プロジェクトの現状も詳しく語る。

 「遺伝子研究の水門を開けたヒトゲノム計画と同じように、BRAINは、脳の秘密の扉を、電気的な経路をマッピングすることによって神経のレベルでこじ開けようとするものだ」という。

 一方、欧州委員会のプロジェクトは、「世界最大級の能力を持つスーパーコンピュータ群を駆使して、人間の脳のコピーをトランジスタとスチールで作る」ことを目指す。

 脳を”分解”し、ニューロン一個一個から組み立てなおそうとする「脳のリバースエンジニアリング」には、上記に加え、三つ目のアプローチもある。脳の発生をコントロールする遺伝子を解読する方法で、マイクロソフトの創業者の一人であるポール・アレンが切り開いたものだ。

 とはいえ、これらのどのアプローチも、本書を読むと、決して容易ではないのがわかる。たとえば、人間の脳全体の暫定的なモデルをつくるには、IBMのスパコン「ブルー・ジーン」を何千台も並べてまるごと一つの街区を埋め尽くし、その電力をまかなうために1000メガワット級の発電所が1基必要になる。そのうえ、「この怪物のようなコンピュータがみずからの熱で溶けないように冷やすには、川を一本引いてきて、コンピュータの回路に通さなければならない」のだ。

 リバースエンジニアリングでわれわれの脳が再現できるか、という議論は、「われわれに自由意志はあるか否か」や、脳内の量子論的効果とカオス理論の問題に行き着く。そこは、極上の知的エンターテインメントを味わうため、ぜひ最後の「補足」までお読みいただきたい。

 本書には、SFさながらの「心の未来図」が散りばめられているが、決して手放しで楽観し、歓迎しているわけではない。倫理や社会的視点も踏まえつつ、「未来は人の叡智によってより良いものにできるという信念」のうえに、心の未来を客観的かつ合理的に示してくれている。

  
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