2024年4月18日(木)

Wedge REPORT

2017年6月6日

(9)保育サービスの需要超過を発生させ逆効果

 保育や教育が受けられないリスクに対して児童手当を増額し、保育料の実質無償化を行うのは、当該リスクの解消策にはなり得ない点も指摘できる。なぜなら、現在社会問題化している待機児童は、保育サービスの供給量が絶対的に不足していることが問題だからである。供給量が限られている中で、保育サービスの実質無償化という、潜在的な保育サービス需要者をさらに顕在化させる施策を取れば、「こども保険」が解消を狙うリスクは解決するどころか、むしろの事態のさらなる悪化を招くだけだ。目的と実際の手段が全く嚙み合っていない。結局、「こども保険」は、保育サービスの需要超過を発生させるだけで、逆効果となるだろう。

抜本的な改革には繋がらない

 以上みてきたように、「こども保険」は、残念ながら、緊急避難的な弥縫策に過ぎず社会保障制度の持続可能性を回復させる抜本的な改革には繋がらない。

 そもそも社会保障制度は、これまで制度の持続可能性を脅かす事態が生じると、その都度、社会的、政治的な軋轢を避けるため、“現実的”と強弁される折衷案の採用を重ねてきた。そうした場当たり的な対応策の積み重ねの歴史の結果が、現役世帯の弱体化を招き、ひいては現役世帯が支える社会保障制度の危機的状況をもたらしてきた。今回の提言を読む限り、「「こども保険」の創設を年金・医療・介護に続く社会保険として「全世代型社会保険」の第一歩とする」とは記されており、そうした危機感は政治にも共有されていることが分かる。

 しかし、残念なことに、今回の提言では、「現在、少子化対策や子育て支援は、政府の一般会計から支出している。高齢者向けの社会保障給付が急増する中で、若者や現役世帯に対する予算を大幅に増やすことは難しい。」とも書かれており、現在の高齢者偏重の社会保障制度の受益・負担構造を維持したまま、新たに「こども保険」を導入することが想定されている。

 要するに、人口・経済が右肩上がりの時代に構築された社会保障制度を、よくて現状維持、場合によっては右肩下がりの時代にふさわしい社会保障制度に再構築するのでなくては、単に時代にふさわしくない旧制度の一時的な延命を図ることに他ならない。誤解を恐れずにあえて言えば、現在の高齢者の逃げ切りに手を貸すことを企図しているのと同じだ。

 さらに問題なのは、少子化が進行しているのは、育児や教育にかかるコストの負担が大きいのも確かだが、婚姻し子供を持てるだけの安定した職・所得を得られない貧困層が増加したからだ。「こども保険」は、子供を持てる層への給付に過ぎない。出産・育児の前段階で躓いている貧困現役層への配慮が全くなく、彼ら彼女らの生活をいかに立て直すかが触れられていないのは残念である。

 提言書にもあるように、「真に困った人を助ける全世代に対する安心の基盤の再構築」を目指すのであれば、先ずやるべきことは、高齢者偏重予算を削減し、代わりに教育・保育予算の重点化を行い、現在年齢を基準に負担と給付が分けられる財政・社会保障制度を、年齢にかかわらず困窮度に応じて給付を受け余裕度に応じて負担をなす財政・社会保障制度に変革するよう国民や関係者の説得を行うことだったのではないか。政治の仕事とは、国民に国が抱える課題を示し、その課題を共有することで、一緒に解決策を考えていくことにあるからだ。

 いずれにしても、今回の「こども保険」という変化球的な提案を起爆剤として、あるべき財源論や負担のあり方を含む社会保障制度の再構築に関する国民的な議論を喚起し、建設的な議論につなげていくことが求められている。

  
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