それは“戦力外通告”を告げる電話だった

2017年6月27日

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高森勇旗 (たかもり・ゆうき)

元プロ野球選手

1988年生まれ。富山県高岡市出身。中京高校から2006年横浜ベイスターズに高校生ドラフト4位で入団。田中将大、坂本勇人、梶谷隆幸やと同学年。12年戦力外通告を受けて引退。ライター、アナリスト、マネジメントコーチなど引退後の仕事は多岐にわたる。

 1月28日。父親の命日でもあるこの日、練習を終えた佐伯は、静かに引退を宣言した。

 「この日まで練習して、連絡がなかったら、辞めよう。そう決めていた」

 浪人生活を含む、20年の現役生活に幕を下ろした。

 「結果には後悔ばかりだが、結果を残すためにやってきたことに後悔はない」。引退会見で述べた佐伯の言葉である。「結果を残すためにやってきたこと」を目の当たりにしてきた私にとって、この言葉はあまりにも尊い。最後まで、佐伯は自分の信念を貫いて引退していった。

 12年、私は戦力外通告を受け、トライアウトに臨んだ。1回目のトライアウトのとき、私はホームランを打った。それは、今まで打ったこともないような打球で、左中間スタンドに突き刺さった。2回目のトライアウト、そこには、ロッテの入団テストで不合格となったばかりの佐伯も参加していた。

 「佐伯さん、僕、佐伯さんの背中を見て、絶対諦めないって決めて、前回ホームラン打ちました」

 佐伯は、にっこりと笑って答えた。

 「よくやったね。たとえどんな結果になろうと、やってきたことに後悔がなければ大丈夫。ここまで準備してきたことは、必ず財産になる」

 私の野球人生最後の試合、そのフィールドに佐伯がいたこと。これにも、何かの意味があるのだろう。

 戦力外通告。それは、何の通告なのだろうか。

 「プロ野球選手になった者だけが、戦力外通告を受けられる。辞めていく者は〝俺はプロ野球選手になったんだ〟と、胸を張って辞めていってほしい」

 当時2軍監督だった田代富雄氏の言葉である。これまで、25人の戦力外通告について書き留めてきた。そこにはそれぞれの物語があり、それぞれにこの通告の意味があった。

 「判断は、人がするものではなく、自分がする。悲劇なのか、面白くするかは、自分次第」。佐伯のまっすぐな目が、まっすぐな言葉の一つひとつが、心に直接触れていく。

 「生きてると、苦しいことはいっぱいある。でも、必ずそれは後で生きてくる。何かの意味がある」

 言葉で、背中で、人の行動を変えられる。それを影響力と呼ぶのなら、私は影響力のある人間でいたい。(最終回。文中敬称略)

  
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◆Wedge2017年7月号より

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