2024年12月22日(日)

イノベーションの風を読む

2018年2月14日

 ソニーは、4月1日付けで代表執行役社長兼CEOを、現在CFOを務める吉田副社長に交代する人事を発表した。平井社長は記者会見で、「コンシューマエレクトロニクス事業を、安定した収益を挙げられる事業構造に変革できたことは感慨深い」と語った。

 2017年度の業績見通しの売上高が8兆5000億円、営業利益が前年比2.5倍の7200億円という数字は、確かにソニーという企業の復活を示すものだろうし、「規模を追わず、違いを追う」という方針で、コンシューマエレクトロニクス事業の事業構造を変革して黒字化した平井社長の努力は讃えられるべきなのかもしれない。しかし、次期社長に引き継がれる課題は大きい。

 リーマンショックという誰も予測できなかった衝撃によって、世界的な景気の低迷や円高などが引き起こされた。ソニーは、すでにグローバルな競争力を失っていたパソコンやテレビなどのコンシューマエレクトロニクス事業(エレキ)の業績悪化が加速し、長期的な経営不振に陥った。

(Alex Wong/Getty Images)

 やむなく、事業の売却や撤退、さらに大規模な人員削減などのリストラを繰り返し、10年を費やして、ようやく回復にこぎ着けたというところだ。しかも、平井社長らがエレキの復活の担い手と位置付けてきたスマートフォン事業を抱えるモバイル・コミュニケーション分野(MC)は苦戦しており、黒字を維持してゆく見通しは立っていないのが実情だ。

 デジタル時代になって、テレビも携帯電話もカメラも携帯音楽プレーヤーも、インターネットのクラウドサービスと繋がるようになった。映画や写真や音楽といったコンテンツ自体は変わらないが、それを楽しむための仕組みやサービスが大きく変化し、その体験が新しい顧客価値を生み出した。

 平井社長は、ラストワンインチというキャッチフレーズを考案した。それは、クラウドとユーザーのつながりのラストワンインチ(カメラはファーストワンインチだが)を担うハードウェアの価値向上に集中するという意味だ。「規模を追わず、違いを追う」とは、そのハードウェアの高画質や高音質を追求する高級化路線をひた進むこと示している。

 高級化路線は、スマートフォンでは行き詰まっているが、デジタルカメラでは自社製のセンサーとミラーレスという「違い」で、キヤノンとニコンの独壇場だった一眼レフ市場に大きく食い込むことに成功している。大画面の薄型テレビの世界市場では、量子ドット液晶テレビで先行するサムスンや、ソニーと同じLGディスプレイ製の有機ELパネルを採用するLGとの「違い」を追う戦いが始まったばかりだ。

 MCの他、テレビやオーディオなどのホームエンタテインメント&サウンド分野(HE&S)と、デジタルカメラを中心とするイメージング・プロダクツ&ソリューション分野(IP&S)を合わせたエレキは、売上が全体の30%、営業利益は20%を占めているに過ぎない。高級化路線だけで、エレキのソニーの復活は難しい。高級化路線だけでは大きな成長は望めない。そして、ゲームチェンジャーには脆い。

 「毋なる自然は“安全”なだけじゃない。破壊や置き換え、選択や改造を積極的に繰り返す。ランダムな事象に関していえば、『頑強』なだけでは足りない。長い目でみれば、ほんのちょっとでも脆弱なものはすべて、容赦ない時の洗礼を受けて、壊される」

 ナシーム・ニコラス・タレブは、最新の著書『反脆弱性―不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』のなかで、「完璧な頑強さなどありえないことを考えると、ランダムな事象、予測不能な衝撃、ストレス、変動性を敵に回すのではなく、味方につけ、自己再生しつづける仕組みが必要なのだ」と説き、それを反脆さ(はんもろさ)と呼んだ。タレブの2007年の著書『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』は、サブプライムローンの破綻がきっかけで起きたリーマンショックのあと、全米で150万部の大ヒットを記録した。

 日本の経営者は筋肉質という表現を好むようだが、頑強さを求めて無駄をギリギリまで排除した事業は脆い。タレブは、反脆さとはオプションを持つことだという。「オプションとは私たちを反脆くしてくれるものだ。オプションがあれば、不確実性の負の側面から深刻な害をこうむることなく、不確実性の正の側面から利益を得ることができるのだ」

 予測不能な衝撃を糧にしてさらに成長するには、自社の事業の製品を置き換え、ビジネスモデルを変革するようなオプションを持つためのイノベーションを並行して進めなければならない。その事業ドメインのイノベーションが他社によって起こされれば自社の事業は破壊されてしまうが、それを自らが起こせばさらなる成長につながる。


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