日本のPDの今後のあり方
中国のPDの強みは、共産党独裁体制のもと、予算や人員といった豊富な資源を状況に応じて自在に投与できることである。米国の議員や大手企業幹部に働きかけるために多額の予算を組み、ロビー活動を通じて親中派を増やしているともいわれる。
中国は、経済・文化交流を通じて世論を誘導あるいは分断し、敵の戦闘意思を削ぎ、戦わずして中国に屈服するよう仕向けることを目的とした「三戦:輿論戦(世論戦)、法律戦、心理戦」を掲げている。PDは中国にとって安全保障戦略の重要な一部でもあるのだ。その中国の対米PDが、今、転換点を迎えているように見える。この状況を受けて、日本はどうすべきだろうか。日本のPDの今後のあり方について検討してみたい。
これまで日本のPDについて3回の連載を通して述べてきたが、以下に日本のPDのあり方について考える際に注意すべき3つの点を確認しておこう。
(1) 世論の変化に敏感に。中国の動向など外部要因を吟味。
第二次安倍政権発足当初は日中間で揺れていた米国世論も、最近では再び日本寄りになってきている。前出の外務省の世論調査において、2014年以降は「日本」が逆転する一方、「中国」を「アジアにおける最も重要なパートナー」とする一般世論は、減少傾向にある(グラフ2参照)。
しかし、こうした状況を楽観視して良いわけではない。有識者に限っていえば、日本を「アジアにおける最も重要なパートナー」と見なす考え方が減少傾向にあるからだ。2014年はこれまで最も多い58%が日本を「最も重要なパートナー」と見なしていたが、それ以降は年々減少し、2016年には前年より14ポイントも落としてしまった(グラフ3参照)。
米国の有識者は、政府の政策決定に直接的な影響力を持つ。アジア最大のパートナーとして「日本」を選ぶ有識者の割合は「中国」より上回っているものの、その考え方が減少傾向にあるのは望ましくない。
2016年にネガティブな視点が出てきた背景には、2016年11月に行われた米大統領選で勝利したトランプ大統領の影響がある。トランプ氏が選挙中から日米同盟を軽視するような発言を繰り返したり、TPPからの離脱を表明したりしたことが、今後の日米関係に対する米国有識者の見方に影響したと考えることもできよう。
世論調査の結果と日本PDの関連についての判定は簡単ではない。しかし、検証が困難だからといって、何もしなくて良い訳ではない。日本は、米国におけるPD環境が変化しつつあることを認識し、中国の対米PDの行き詰まりを、自らのPDを一層推し進めるチャンスと捉えるべきであろう。PDの効果が表れるのには時間がかかる。中長期的な視点が必要とされるのである。
(2) PDに安全保障の視点を。日本主導で海外シンクタンクとのタイアップ。
日本のPDのあり方を考える時、PDを展開する国の関心を理解することが重要である。特に米国に対してPDを展開する際は、「中国の台頭」や日米同盟の存在を無視することはできず、安全保障の視点を交えてPD戦略を考えなければならない。例えば、日本に対する米国社会の支持を得るべく、広報や宣伝活動に加えて、日本主導で米シンクタンクなどと共同研究や机上演習を行い、その成果物を、米国メディアを通じて米国内の一般世論に働きかけていくのも一案であろう。安全保障分野での、こうした双方向性を重視したPDは、新しい取り組みとなるだろう。
(3) 感情的にならない。グローバル・スタンダードに沿った理知的な発信を。
歴史認識をめぐる問題については、中国や韓国が、海外(特に米国)において反日的ロビー活動を行ってきた。過去には、国際社会における中韓の反日ロビー活動は一定の「成果」を挙げており、当時は、日本もこうした海外の反応に抗議する形で発信してきた。
しかし、最近では、世界的に女性の権利擁護の意識が高まり、女性への性犯罪は厳しく断罪されている。そして慰安婦問題は、国際社会では今日の人権や女性の権利の問題として受け止られる傾向にあるのが現状だ。
強硬な抗議を展開するだけでは、実情をよく理解しない国々に感情的な反応と捉えられかねない。中韓に反発しているという印象を与えることは、かえって日本にとって不利になる。グローバル・スタンダードに沿った理知的な発信とするためには、間接的ではあっても、現在の日本がどのような国であるのかを発信することによって、日本の悪いイメージを植え付けようとする中韓の試みを無効化することができるだろう。
中国は「日米離反」が中国の対米PDの主目的である。日本が歴史問題で中韓の挑発に乗ってしまえば、向こうの思う壺となってしまうのだ。
今こそ、日本のPDの正念場
対米PDの最終的な着地点は、日本に対するポジティブな米国世論が定着、拡大し、より幅広いグループや年代に日本に興味を持ってもらい、日米関係が発展することである。その鍵は、従来のPDが重視する広報や文化を通じた交流のみならず、政治や安全保障といった分野でも協力し、一般から有識者まで、幅広い米国の個人や団体などとの関係を発展させることにある。
日本の多様な魅力の発信拠点であるジャパン・ハウスは、ロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの世界の3大都市でオープンし、強力に発信し始めた。しかし、これらの都市が存在する国以外でも、中国をめぐる世論やPD環境が変化しているのだ。そこには、日本にとって、有利な変化も不利な変化もある。
日本におけるPDの考え方やその戦略は、未だ発展途上にある。これからの時代の外交にあっては、周辺の国や地域の情勢や考え方の変化を敏感に受け止め、世界的な視野に立ち、独りよがりになることなく、相手から受け入れられるメッセージを発信ことが必要となってくる。また、PDの効果を左右させうる外部要因を上手く利用する形で、自らのPDの方途も柔軟に適応させていく能力が求められるだろう。
もしその外部要因の一つが「中国のPDの行き詰まり」であるとすれば、日本は、それを利用してしまえばいいのだ。今こそ、日本のPDの正念場である。
・米国で繰り広げられる中韓の「反日的」パブリック・ディプロマシーhttp://wedge.ismedia.jp/articles/-/13761
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