Wedge REPORT

2019年1月28日

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「前代未聞」と言われた酒蔵の引っ越し

塚原 上川大雪酒造の塚原と申します。北海道の上川町というところで、酒蔵を経営しています。お金のない一個人がどうやって酒蔵をつくることができたのか、というお話をさせていただきます。

塚原氏(写真・生津勝隆)

 まず上川町のご説明をしますと、北海道の中央に位置する大雪山連峰の北側にある人口3600人の町です。町には大きな国道が4本通っていて交通の要衝でもあるんですが、そこに高規格道路が通りまして、国道沿いのドライブインや商店の多くが姿を消してしまいました。

 ただ、その先には年間200万人が利用する層雲峡温泉があり、そこへ向かう途中に上川町は位置しています。その地の利を生かしてなにか経済効果を生めないかというのが今回のプロジェクトの発端です。

 もう5~6年前になりますが、上川町がレストランとガーデンをつくって町おこしをするから力を貸してくれないか、と北海道出身の三國清三シェフのところに依頼したところ、シェフが快諾してくれたので、私が会社をつくりレストランをオープンすることになりました。

 2016年には、ミシュランで星を取ったり、JALの国内線ファーストクラスに採用されたりもしました。ただ、これは三國シェフが言うのですが、「レストランっておいしいだけでは流行らない。うまいレストランなんかいくらでもある」と。料理だけ一生懸命つくっていてもなかなかお客様が増え続けるわけでもなく、「ちょっと寄っていくか」という場所でもないので、何年かやるうちに非常に難しいと実感するようになりました。

 このままではまずい、なんとかしなければと思い、そこで考えたのが酒蔵でした。素晴らしい水に恵まれていて、周辺が米どころ。年間平均気温が5.5度と非常に寒冷な地域でもあります。そして夏は観光客が多くて労働力が足りないぐらいですが、冬は観光がぱったりやむので労働力が余ります。これは酒蔵をつくるのにぴったりだと思い、2年ぐらい前から町長に相談を始めたんです。

 ただ、いろいろ調べてみると、酒造免許はなかなか新規に下りないという現実を知りました。そこで、製造を中止した三重県の私の友人の酒蔵を上川町へ引っ越してきて北海道でお酒を造るというプロジェクトが始まりました。

 管轄の税務署に相談に行きましたら、「そんなことは前例がない」と。1000km超えて酒蔵が引っ越した例はないということで、札幌国税局の担当者も、「長くこの仕事に携わっているが前例がない」と言われて不安だったんですが、幸運なことに半年後に移転許可が出ました。

 北海道上川町に更地を買い、真冬のマイナス20度のなか工事をして雪解けと同時に一軒家と同じぐらいの大きさの酒蔵ができました。本当にお金がなかったので、ただ酒蔵をつくりたいという思いで銀行や資本家のもとを駆けずり回ってようやく建てることができたんです。

 では、そこからどうやってお酒をつくるところまでたどり着けたかというと、東京の支援者(現在の役員)に加え、上川町の中から多くの支援者が現れたんです。実際に蔵が建って免許が出たところで、「酒蔵支えTaI(さかぐらささえたい)」というのが私の知らないところで立ち上がりまして、土日に会社に行くと、見たことない従業員がたくさんいるんです。役場の職員がボランティアで草刈りをしてくれたり、本当に多くの方に助けていただきました。ちなみにこのとき正規の従業員は、杜氏1人だけでした。みんなが「それでは大変だろう」と手伝ってくれたんです。

クラウドファンディングで1400万円をスピード調達

 本当にゼロからで、どんなお酒ができるかもわからなかったので、最初は「試験醸造酒」というのをつくりました。ただ、その時点ですでに設備投資に回すお金はなくなってしまったんですが、杜氏さんが、「こういう機械が欲しい」とか、「これがないとお酒ができない」と言い出したので、非常に困りました。

 それで全国から支援を募ろうということになり、クラウドファンディングを利用しました。三重県から引っ越してきて、北海道の米を使ってゼロからお酒をつくっています、応援してくださいと。返礼品として、試験的につくったお酒をプレゼントしますと募ったところ、4週間で1500名から約1400万円の支援が集まり、追加の設備を揃えることができました。

 創業当初からの販売戦略は、地元で取れたお米で日本酒をつくり、地域と強く連携して、出来るだけ地元で消費してもらうというものでした。結果的に今は、札幌の飲食店さんが片道2時間かけて上川町に買いに来るまでになりました。地元でしか手に入らないお酒を造り、コンビニも含めて、層雲峡温泉のホテルなど、できる限り地元には優先的に供給し、その他は北海道内の特約店に卸しています。取引先は約20軒しかありません。そこでほとんどを売り切っています。

 そうは言ってもクラウドファンディングで県外の方にも応援していただいたので、部分的にお酒を割いて、インターネットでお酒を予約できるサイトも立ち上げました。ただ、これは販路が欲しくてやったことではありません。

ブランディングと地名度向上の仕掛け

 私が共感を得るために何から考えたかというと、上川町にある資産をマッピングしてみたんです。そのうえで、酒蔵をどこにマッピングするか考えました。創業ゼロ年なのでどこにでも置けます。値段を高くすることも、安くすることもできる。たくさんつくることも少量に絞ることもできます。

 そのとき、キャンプ場やガーデンなど、町のアウトドア施設をハイグレード化して、もっと富裕層が来ても対応できるようにしたらどうなるか、そことレストランをマッチングすれば、ブランディングができるんじゃないかと考えました。

 じゃあ酒蔵をつくるのはここだよね、と思ったんです。最高級よりも1個下の値付け。ちょっと手に入りにくい感じの、ここにマッピングすることで全部をつなぎ合わせることができると考え、ここに誘導する値付けと生産本数と販売手法をとりました。

 それでも、まだひとつ足りないものがありました。それは「知名度」です。三國シェフが言うように、「料理がうまいだけではレストランは流行らない」というのと一緒で、ものすごくよい素材でよいものをつくっても有名にならないと駄目なんですね。

 そのために私が導いた答えは、新潟のスノーピークさんという、アウトドア用品では非常にとがったメーカーがありまして、そこの社長に直談判をして、上川町のために力を貸してほしいという話をしに行きました。

 それから2カ月もたたないうちにスノーピークさんが上川町にお越しになって、スノーピーク、上川大雪酒造、上川町の3者で包括連携協定を結ぶことができました。今週も社長自ら実際に上川町を視察して、キャンプをしながら、今後どういう商品づくりをしていこうか、いま、侃々諤々やっているところです。

イノウエ ありがとうございました。お話を伺っていますと、共感が人を呼び、資本を呼び、それがまた多くのものを巻き込んでいって、また共感を広げていく、まさに共感を軸として色々なものが回っている、そんな感じがいたしました。

いちばん大変なのは「地盤整備」

塚原 レストランは正直もうかりません。従業員に給料を払ったら自分の給料が出ないんです。これがレストランの現状だと思います。その中でなぜ新規の投資に踏み切れたかというと、やはり自分に共感し、応援してくださる方の質と量、これしかないと思っています。今いるメンバーで全力で走ったらきっとなんとかなる、そんな妙な自信があります。応援してくれる方のパワーをすごく感じています。

 「そのまま真似してもうまくいかないよね」と言うのも、そう思います。日本全国から視察が来るので、何ひとつ包み隠さずディスクローズしていますが、いちばん大変なのは、新規事業をスタートするときの「地盤整備」なんです。そこには先人がいるわけですから、一軒一軒回って説明する。けっこう屈辱的なことも言われたりする。そういうことを経て、最後は「わかった。応援してやるよ」と。

 でも相談に来られる方たちの中には、ノウハウさえ聞けばできると思っている方もいらっしゃって、心の中で「やれるものならやってみろ」と思ってしまいます(笑)。

イノウエヨシオ氏(撮影・編集部)

イノウエ やっぱり「魔法の杖」はなくて、ひとつひとつの積み重ねがあって、周りの方が共感する。共感と共感が共振を呼んでいき、加速的にいろいろなものが集まってくるのかなと、そんな気がいたしました。

 墨田区に北斎美術館をつくるというプロジェクトがあったんですけど、あれも行政のお金でつくろうと思ったら足りなかったので、一日館長制度とか、一口絵画オーナーとかいろいろやって資金を集めたんですね。2年で5億円ほど集まって、いざ開館してみたら、お客さんが当初想定の4倍ぐらいのスピードで来るわけです。応援してくれた人がSNSでまた発信してくれるので、非常に高い宣伝効果もあった。

 もしあれを行政のお金だけでつくっていたら、ランニングが回らなかったはずです。そうしたことが起こるのが、クラウド型のファンドレイジングから生まれるレバレッジの面白さかと思います。

「共感資本主義」の本質とは

鵜尾 『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)という本のなかで、AIの時代になっても、人間が絶対に負けない力が3つある、と書かれているのをご存じでしょうか。

 1つは「想像力」で、2つ目が「問題解決力」です。そして、著者のリンダ・グラットンが3つ目に挙げているのが「共感力」で、人が人に共感する力は絶対AIに負けない、と。

 商売の本質って、お客様を喜ばせることじゃないですか。お客様が喜んでくれたら対価が入ってくる。今までは物を買って、満足したら喜んでくれました。でも、いまは共感を発揮する機会を与えてもらえると喜ぶみたいなことが徐々に起こり始めていると思うんです。

 例えば、北海道で戦後初めて酒蔵をつくるというストーリーを聞いて、それを応援している自分を感じながらそのお酒を飲んだほうがおいしいというように。共感する機会を与えてあげるファシリテーションができる人のところにお金が流れこむ時代がすでに訪れていると思うんです。

 それがお客様の中の「見えざるニーズ」になっている中で、地域がいろいろな人の共感性を発揮する機会をどう提供するか、それによってお金の流れが変わってくるのが「共感資本主義」の本質じゃないかと思います。

  
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