安保激変

2019年2月1日

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村野 将 (むらの・まさし)

ハドソン研究所研究員

拓殖大学大学院博士前期課程修了。岡崎研究所研究員などを経て現職。日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program,米国務省International Visitor LeadershipProgram(National Security Policy Process)招聘。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。

(3)極超音速滑空体(HGV)

 極超音速兵器と呼ばれるもののうち、第三のカテゴリーが「極超音速滑空体(Hypersonic boost-Glide Vehicle:HGV)」である。HGV最大の特徴は、その特異な飛翔特性にある。HGVは、弾道ミサイルないしロケットによって打ち上げられたのち、ブースターの燃焼終了直後に切り離され、飛翔体自体の空力学的揚力によって大気圏上層で跳躍・滑空を繰り返し、高速で目標に突入する。

 HGVの飛翔高度は、使用するブースターの射程によって変化するが、射程1800km以下の戦術級であれば20~40km、射程5000kmを超えるICBM級でも30~60km地点を飛翔・滑空するため、迎撃高度を600~1770kmに設定している既存のミッドコース迎撃システムでは交戦距離が適合しない。またHGVは、大気圏上層を高速滑空する際に生じる摩擦に耐え得る熱防護が施されている可能性が高く、高出力レーザーのようなエネルギー兵器による迎撃も有効な解決策とならないと考えられる。

HGVの飛翔特性
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 これまで米国防関係者は、中露によるHGVの実戦配備時期を2025年頃と見積もっていたが、2018年12月26日にはプーチン大統領が「アヴァンガルド」と呼ばれるHGVの試射・開発が完了し、2019年には実戦配備する方針を示した。また中国でも、DFシリーズの弾道ミサイルに搭載可能なHGVとされる「DF-ZF(WU-14)」の実験を既に複数回実施しており、配備時期が早まる可能性も否定できない。

 元々HGVは、米国の通常兵器による迅速な打撃能力の獲得を目指す「CPGS(Conventional Prompt Global Strike)プログラム」の一環として研究開発が始められ、複数の実証実験が行われたものの、米国は早期の実戦配備にはさほど熱心ではなかった。その背景には、HGVとミサイル防衛をめぐる米国と中露の非対称な戦略関係がある。中露側には、米国の先進的なBMDを突破しうる核抑止力を確実にしたいという強いモチベーションが存在する一方、先進的なミッドコースBMDを持たない中露に対して、米側は既存の弾道ミサイルでも十分な戦略打撃能力を確保できる立場にあった。この違いは、中露がHGVを核・非核両用で運用することを前提としているのに対し、米国のHGVはあくまで非核の打撃能力として運用することを念頭に置いていたという違いにも現れている。

 現在のところ、HGVに対する有効な迎撃手段は存在しない。米国防高等研究計画局(DARPA)は、HGVを大気圏上層で迎撃することを目指す「グライドブレイカー・プログラム」を立ち上げたものの、その詳細は不明である。理論上、HGVに対処するためには、ブースター切り離し後の滑空体を正確に追尾し、大気圏内での急激な機動に対応するキネティック迎撃体を用いるか、あるいはHGVが滑空を始める前の段階でブースターごと破壊するのが有効となる。

 こうした観点から今回のMDRで強調されているのが、宇宙配備センサー網の構築と、ブースト・フェイズ迎撃の追求である。

宇宙配備センサーの強化

 宇宙配備センサーの重要性とその類別については前回(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10998)指摘したとおりだ。現在、ミサイルの追尾・識別を行うセンサーの殆どは洋上や陸上に配備されており、探知範囲に限界がある。そこで今後はセンサーを宇宙に配備し、ミッドコースでの識別能力を向上させようというわけである。既にFY2019国防授権法では、宇宙配備センサー計画の検討に7300万ドルの拠出が許可されており、現在は研究開発に参画する企業を3社に絞り込み、FY2020予算を通じて開発を具体化する見通しのようだ。ジョン・ルード国防次官(政策担当)はMDR公表後の会見で、「2021~22年のうちに各種センサーの軌道上での試験を行い、2020年代半ばから後半にかけての運用システムの構築を目指す」と述べている。

ミサイル防衛関連センサー
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 従来、地上・洋上配備型センサーや迎撃ミサイルなど目立ちやすいアセットへの投資が優先されていたところ、あらゆるミサイル防衛に有効な基盤である宇宙配備センサー網の強化が図られる方針であることは好ましいと言えるが、これらへの投資をねじれ状態にある米議会がどの程度承認するかは、引き続き注目しておく必要がある。米国防省は、1990年代から静止軌道に配備する大型衛星SBIRS-Highと低軌道に複数配備する小型衛星SBIRS-Lowからなる宇宙配備センサー網を構築する計画を進めていたが、大幅な予算増加などから頓挫した経緯がある。また、米空軍には3億ドル以上の予算を投じて、静止軌道の次世代早期警戒衛星を開発する計画も存在する他、国防予算の増大に反対するアダム・スミス下院軍事委員長は「実証されていないミサイル防衛システムの調達・配備には断固反対する」と厳しい姿勢を示している。MDRでは、宇宙配備センサー計画の具体的なコスト見積もりは示されてないものの、このような宇宙関連予算をめぐる米国内の攻防は、宇宙軍設立の動きとも相まって、同計画の在り方を大きく左右していくだろう。

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