1月17日、トランプ大統領は自ら国防省に赴き、ペンス副大統領、シャナハン国防長官代行らとともに、「ミサイル防衛見直し(Missile Defense Review:MDR)」の発表を行った。
米国のミサイル防衛政策に関する文書は、オバマ政権期の2010年に初めて策定され、「弾道ミサイル防衛見直し(Ballistic Missile Defense Review:BMDR)」と呼ばれていたが、今回から弾道ミサイルにとどまらない多様なミサイル脅威に対応する必要性を踏まえ、「弾道(B)」が外れ、「MDR」という名称に変更された。
筆者は、2017年11月の時点でトランプ政権のミサイル防衛政策に関する注目点について解説記事(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10998)を書いておいた。そこで取り上げた内容は、2019MDRに殆ど反映されているが、今回は前回書ききれなかった「極超音速兵器」への対応と、再注目されつつある「ブースト・フェイズ迎撃」についての現状と課題についてまとめてみたい。
1年近く遅れた発表、
北朝鮮に対して引き続き厳しい認識
MDRは、ミサイル脅威を分析し、ミサイル防衛政策と計画・予算・取得プロセス、役割・責任、試験プログラムなど検討するための文書である。MDRは、2017年12月の「国家安全保障戦略(National Security Strategy:NSS)」、2018年1月の「国家防衛戦略(National Defense Strategy:NDS)」、同年2月の「核態勢見直し(Nuclear Posture Review:NPR)」と共に策定作業が進められ、これらに続く形で2018年春頃に公表される見通しであったが、1年近く発表が遅れた。
MDRの発表がずれ込んだ背景には様々な事情が囁かれているが、要因の一つにあったのは北朝鮮情勢の変化だと言われている。しばしば勘違いされるが、米本土に配備されているミサイル防衛は、専ら北朝鮮とイランからの限定的なミサイル攻撃に対処するためのもので、ロシアや中国からの大規模攻撃を完全に防御することは目的としてこなかった(後述)。これは2017NSS、2018NDS、2018NPRがいずれもロシア・中国との「大国間競争」を戦略の軸としていたのと大きく異なる点である。したがって、MDRの書き振りが、2018年春以降に急速に展開した米朝関係を意識することは、当然といえば当然であった。
しかし蓋を開けてみると、MDRの北朝鮮に関する記述は特段トーンダウンされたわけではなく、その核・ミサイル能力や必要となる対抗手段についても的確な認識が示されている。本文では、2018NPRと同じくロシア、中国、北朝鮮、イランの4カ国が主な脅威とみなされているが、北朝鮮への言及は60回と4カ国中最多である(*他はイラン58回、ロシア55回、中国31回)。加えて、2017年に行われた6回目の核実験や、火星15を含む複数のICBMの発射を踏まえて、「今や北朝鮮は、米本土を核ミサイル攻撃によって脅かす能力を有する」とも指摘されている。米国政府が発表した公式文書において、北朝鮮の核ミサイルが米国を攻撃しうると評価されたのはこれが初めてである。
ただ筆者や策定に関わった専門家の多くは、米朝協議を経ても、2018年4月の時点でほぼ書き上がっていたMDRの内容を大きく変更するのは難しいと考えていた。MDR本文にもあるように、北朝鮮の核・ミサイル脅威への対処を念頭に、米本土防衛用の地上配備迎撃ミサイル=GBIの配備数を、2023年までに現在の44基から64基まで増強するという決定は、超党派の支持を得て既にFY2018国防授権法に盛り込まれていた。そのため、米朝間の政治的な情勢変化を受けたところで、その決定を覆す可能性は非常に低くかったからである。
これまでに寄稿した記事でも繰り返し述べてきたように、トランプ大統領が金正恩委員長との良好な関係をいかに強調しようとも、北朝鮮の核・ミサイル能力は全く軽減されていない。そうした中で、米国防省が北朝鮮の核・ミサイル脅威に対して引き続き厳しい認識を示し、必要な措置として、上記のGBI増強や、後述する宇宙配備センサー、ブースト・フェイズ迎撃能力の模索など野心的な研究開発の必要性を訴えていることは日本としても好ましいと言える。