「中越戦争」の苦戦ぶりを描いた問題作
中越戦争では、中国は「懲罰」の大旗を片手に振り上げながら、ベトナムの奥深くまで攻め込んだものの、実際は対米戦争の経験豊富なベトナムの兵士たちに縦深作戦によってハノイ近くの大部隊集結地まで戦力を削り落とされながら引き摺り込まれた。いざ決戦という局面で体力の尽きかけていた中国軍は「所期の目的が達成された」として全面撤退を決めた。しかしながら、中越戦争の引き金になったベトナム軍によるカンボジア侵入を解消することはできず、一人芝居で終わってしまったような戦争であった。一方で、復権したばかりの鄧小平が軍内基盤を固めるにあたっては中越戦争発動の効果は大きかったと見る向きもある。
いずれによせ、戦場に駆り出された若者が肉体的・精神的に受けたダメージは深刻なものがあった。主人公の一人である文工団の出身で野戦病院の看護を務めた何小萍(ミャオ・ミャオ演)が、戦争後に心を病んでしまったこと、そして、もう一人の主人公で文工団の模範生でありながら恋愛問題で団を追われた劉峰(黄軒演)が前線の先頭で片腕を失ってしまって障害者として生きていかざるを得なくなったことなどのエピソードは中越戦争のダメージの深さを示唆している。
中国で2017年の映画上映直前に当局からストップがかかったのも、おそらくは中越戦争の評価をめぐる表現のタブーに触れたかどうかの審査が行われたと見るのが正解だろう。本作は、中越戦争自体の否定はしていないが、最大の見せ場である長回しによるリアルで凄惨な戦闘シーンは、明らかにその苦戦ぶりを物語っている。中越戦争は勝利だとする政府の公式見解と食い違う内容が、政府の神経を刺激したものだろう。
しかしながら、その後の監督本人も驚くほどの大ヒットは、中越戦争の傷跡が中国社会で未解決のままわだかまっていることをまざまざと示したもので、だからこそ、本作に対して「傷痕映画」との評価が一部から上がったのである。
本作のクオリティの高さは、さまざまな世界的な映画賞を受賞していることでも十分に証明されている。果たして日本の戦争映画が、これほどの深さと暖かさを持って人間を描けているのか、改めて日本の観客には思いを至らせてほしい。戦争は紛れもなく映画最大のテーマであり、ヒロイズムやヒューマニズムだけでは語りきれない戦争の描き方によってそれぞれの国民の文化水準が判断されるといっても過言ではない。
多くの規制と政治的理由によって表現が制限される中国のなかで、ギリギリの線まで挑戦して公開にこぎつけた馮小剛の手腕が、やはり当代中国の映画人のなかで、圧倒的に最先端をいくものであることを、本作は見せつけているのである。
▼映画『芳華』公式サイト
http://www.houka-youth.com/
4/12(金)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
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