2024年12月19日(木)

世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2019年8月9日

「嫌われ者」であるとの自覚

 欧州議会選へのロシアの介入は、あきらかにシャープパワーの行使であり、「政治戦(political warfare)」の一部であるといえよう。ロシアの外交手法は、プロパガンダ、世論工作、サイバー攻撃といった、ネガティヴなイメージばかりが持たれているが、ロシアはソフトパワーに関連したパブリック・ディプロマシーの必要性も理解し、展開しているのである。それは、ロシアが世界から、とりわけ米国から「嫌われている」という自覚を持っていることに他ならない。

 冷戦期は、東西の政治的対立やプロパガンダ作戦により、偏った情報しか得られない時代であった。そのため、対ソ理解も進まず、いわゆる西側諸国の対ソ世論は、批判や偏見によって築かれていった。

 1991年の冷戦終結とソ連崩壊後、ロシアでは、民族や宗教、また土地をめぐる紛争が表面化するなどし、ロシアは数々の問題に直面することとなった。こうした問題の処理を優先させたことで、対外的なイメージ戦略は後回しとなり、欧米諸国の対ロ世論は改善されないまま、引き続きネガティヴなイメージが持たれていた。

 こうした状況にロシアが問題意識を持ったのは、ロシアが経済成長を遂げていくこととなった2000年代前半ごろからである。世界的な石油価格の高騰などによる石油ガスの輸出額の増加などがもたらしたロシアの経済的な成長は、大国としてのイメージを押し出し、海外からの投資を呼び込むためにも、自国のイメージの回復が不可欠であるとの認識に立ち、本格的にパブリック・ディプロマシーを展開していくこととなっていった。

 まずロシアが重視したのは、メディア戦略であった。RT(ロシア・トゥデイ)やRussia Beyond(ロシア・ビヨンド)を立ち上げ、主に米国をターゲットとし、北米や欧州向けに国際放送やサービスを展開した。

 さらに、いわゆるソフトパワー面では、人物交流や文化交流等に注力した。ロシア連邦交流庁やRusskiy Mir財団を設立させ、ロシア語や文化、価値観の普及に努め、また、留学生やプロフェッショナル同士の交流事業や、ソーシャルメディアによる発信事業等を積極的に行っていった。

ネガティヴなイメージが生んだロシアの対外発信の結末

 しかし、こうしたソフトパワーを重視したパブリック・ディプロマシーの努力の甲斐もあまりなく、大方の欧米からのロシアに対する見方はネガティヴなものにとどまり、特に米国社会においては、ロシアのパブリック・ディプロマシー自体が「プロパガンダである」といった受け止めが多く、ロシアのソフトパワーを駆使した外交努力が受け入れられるまでに至っていない。

 こうした米国の対ロ観を形成したのは、メディアの影響が大きいともいわれる。米国では、ロシアについてネガティヴに報じられることが多くなってしまっているが、それは米メディアが、ロシアやロシア人に対する嫌悪感を背景とした理不尽な尺度からロシア関連報道を行う傾向にあるとの見方もある。

 こうした国際社会での対ロイメージの悪化は、2008年のジョージア(旧:グルジア)との戦争や、2011~2012年の反プーチンデモ、さらにはウクライナ危機等を発端としており、また、海外メディアのロシア批判がより厳しくなっていったのは、プーチン大統領が政権に返り咲いて以降といわれる。それに続き、シリア内戦への介入を含むロシアの中東での影響力拡大といった、ロシアの種々の動向や政策が、欧米社会の対ロイメージや世論の悪化に拍車をかけていったと考えられる。

 さらに、ロシアの文化というソフトパワーについては、欧米のアカデミック分野において、ロシア文学等の需要が少なくなってきている。研究対象がロシア文化や文学となることも減ってきており、そのため、正確なロシア文化が世に広められにくくなっているのである。

 そうした中で、ロシアに対するイメージは、ハリウッド映画によって形成されていったともいわれている。ハリウッド映画で描かれるロシアは、大抵は悪役が多く、「マフィア」や「スパイ」、「KGB(旧ソ連国家保安委員会)」、「Gru(グルー:ロシア軍参謀本部情報総局)」、「違法な武器」といった、ネガティヴなステレオタイプが用いられていることが多い。


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