生活を便利にする人工知能。だがその仕組みを私たちはどこまで知っているだろうか?人工知能、特に「言葉の認識」について、その難しさを伝えようとする小説家がいる。
「人工知能(AI)の基礎となる情報科学や数学は、専門家以外から見れば魔術的でミステリアスな分野です。物語を通じ、噛(か)み砕いて世に伝えていければ」と、AIをテーマに据えた小説を出版した川添愛は語る。
元々は大学で文系の言語学を学んでいた。博士課程の最中、国立情報学研究所で研究アシスタントとして働き始めたのが転機となり、理系である自然言語処理の分野に飛び込む。後に特任准教授の肩書を得て「曖昧な人の言葉を機械にどう正しく認識させるか」に取り組むようになった。
「たとえば、『~じゃない』にも三つの意味があります。『~ではない』という否定。『~だ』という断定。『~ではないか』という推量。私たち人間はそういった曖昧性をほぼ無意識に処理して〝正解〟を選んでいますが、現時点のAIに同じことをさせるには、膨大なデータと手間が必要です」
「今のAIブームの初めごろ、『もうAIで何でもできる』という言説が広まりました。しかし実際はまだそこまで万能ではないため、現状をより正確に伝えられればと筆を執りました。今後もAIについて怪しげな言説は出てくるでしょうし、AIについてよく知らなければ、『AIが出した結論なので』というフレーズを悪用する人間に騙されるかもしれません」
情報リテラシーがさらに求められ、「誰の言葉を信じるのか」を問われる時代。AIに限らず最先端の科学は、専門家以外には難解きわまる領域だ。易しい小説は、人々が科学にアクセスできる架け橋になる。
川添の小説の特徴は、AIに関する難解なテーマを中核に据えつつも、文体は児童文学調、世界観はおとぎ噺のようなファンタジー、と子供から大人まで読み進めやすいよう工夫されている点だ。17年に上梓(じょうし)した小説『自動人形の城』では、悪い魔法使いによって城の召し使いが自動人形(ロボット)に変えられてしまい、主人公の王子が事態の解決に奔走する、というストーリーの中で、機械に言葉で意図を伝えることがいかに難しいかを表現している。
希望を秘めつつも五里霧中のAI時代において、次世代を担う子供たちにとっても、川添の挑戦は一つの道標(みちしるべ)となる。
「私の小説をきっかけに、最先端の科学に興味を持ち、研究者を志す若い人が現れてくれれば、これほど喜ばしいことはありません」
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