2024年4月25日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2019年10月30日

イノベーターは誰なのか?

 イノベーションのもっとも恐ろしい「破壊」的側面に入る前に、イノベーターはどのような人なのか考えてみよう。清水さんは、「(イノベーションが)個人に帰属するのであれば、パータンは出てこないはず」と指摘する。つまり、個人の能力だけでイノベーションが起きるとするのであれば、「群生」することがないということだ。

 もちろん、個人の「カリスマ性」を否定するものではない。成功するかどうか分からない事業に対してリスクをとってチャレンジする、それを主導する個人は確かに必要だ。こうした個人と、「知識のストック」といった外部環境の両輪がイノベーションには必要となる。

 イノベーターとは、新しく会社を起こすという意味での「起業家」ではなく、文字通り「企業家(アントレプレナー)」のことを指すのであり、不確実性の高い事業にチャレンジするほどの「危機感」 が必要であり、合理性よりも「アニマルスピリッツ」が求められるのである。

 そんなアニマルスピリッツを持った企業家と聞いて思い出すのは、やはり、アップルのスティーブ・ジョブズであり、テスラのイーロン・マスクであり、アマゾンのジェフ・ベゾスだが、清水さんは、アメリカでイノベーションが起こりやすい要因の一つとして「移民」を挙げる。ジョブズやベゾスは移民の子だし、マスクは南アフリカ出身だ。移民の子や移民は、暮らしのなかで「グラスシーリング(ガラスの天井)」を感じるからこそ、既存の組織や支配階級に入るのではなく、自ら「道を拓く」という傾向があるという。

 「知識のストック」と「アニマルスピリッツ」。日本の現状を考えると、両方とも心もない状況にある。

 「知識のストック」につながる基礎研究を国防総省などの政府の資金を得て大学や研究機関が行うアメリカと異なり、日本では企業が担ってきた。しかし、四半期決算や株主重視の風潮が日本でも高まっているなか、腰を落ち着けて開発をするという余裕がなくなっているように見える。一方で、内部留保ばかりが積みあがっていくという現状は、企業自身が何をしたらいいのか分からないということをまさに示しているのかもしれない。

 清水さんのところにも「オープンイノベーション担当になったのですが、何をしたら良いでしょうか?」という相談にくる人がいるという。「そもそも『何をやりたいのか?』ということがなければ、イノベーションなど起こるはずもありません」と、清水さん。

 ステレオタイプではあるが、かつてはベンチャーだった企業も、大企業となり、創業者が去ってしまえば、効率的に働く能吏は増えても、「これがやりたい!」という情熱を持った人は少なくなるもかもしれない。

 クレイトン・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)で指摘するように、すでに市場を獲得している企業は、リスクをとって新しい事業にチャレンジするよりも、市場での地位を盤石なものにするほうが合理的な行動であり、だからこそ「ゲームチェンジ」を起こすようなラディカルなイノベーションが登場すると、一気に競争力を失うことになる。

 日本企業の場合、人の流動性が低いため、企業内部からラディカルなイノベーションが起きづらい。一方で、流動性が低いからこそ、自動車の燃費を向上させたり、リチウム電池を実用化させたり、といった累積的イノベーションを得意とする傾向がある。

 ただ、そうした日本企業(日本人)の性質、特性が絶対的なものであるかどうは検証する必要があると、清水さんは指摘する。

 「日本の高度経済成長から80年代ころまで、『日本型経営』が、賞賛されてきました。しかし、もしもアングロサクソン型の経済であれば、もっと高い水準の成長を達成できていたことを示唆するシミュレーションもなされていたことがありました。これに限らず、『成功事例』を固定観念として考えず、もう一度洗いなおす必要があると思います」


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