2024年11月17日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年11月5日

 10月13日に行われたポーランドの総選挙では、保守ポピュリストの与党「法と正義」(PiS)が、下院での得票率を4年前の37.6%から約44%に伸ばし安定多数を獲得、大勝した。野党「市民のプラットフォーム」は得票率27.4%にとどまった。

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 欧州にいわゆるポピュリスト政権が複数成立してから一定の時間が過ぎ、その成否が分かれ始めている。イタリアやギリシャのように、余り何もできなかったポピュリスト政権が支持を減らしている国がある一方、今回のポーランドPiSのように大勝するものもある。勝利するのは、よかれあしかれ「実績」があると見られているということである。PiS人気を支える最大の要因は、社会的弱者への手厚い保護政策である。特に子育て世代への手厚い支援(子供一人当たり月500ズロティ、約127ドルを支給)、年金支給年齢の引き下げ(67歳であったのを男性65歳女性60歳に)、26歳以下の若者への所得税免除など、一見左派的な政策は、強い支持を獲得した。再選されれば、最低賃金をほぼ2倍にすると約束している。これら福祉政策は、ポーランドの好調な経済に支えられてきた。今やポーランド経済はEU第7位であり、2018年も5.4%の高い経済成長率を記録している。

 同時に、カチンスキーPiS党首は、巧みにポーランド人のナショナリズムに訴えてきた。彼の双子の兄弟レフ・カチンスキーは2010年4月10日に、カチンの森追悼記念式典に出席するため搭乗していた飛行機の墜落事故で亡くなった。それ以来、ヤロスラフ・カチンスキーは黒の背広と黒のネクタイで過ごしている。そもそも双子のカチンスキー兄弟は、ポーランドで人気の子役俳優であった。

 EUは、PiSの敗北を望んでいたであろう。ハンガリーのオルバン政権と並んで、「非リベラルな民主主義」に大真面目に取り組んでいるのがPiSであり、特に最高裁の権限に対して制限をかけている政策は、EUから法の支配の観点より再三にわたり注意を受けているが、ポーランドは聞く耳を持たない。10月10日には、欧州委員会が、ポーランドが司法の独立を脅かしているとして、欧州司法裁判所に提訴した。しかし、ポーランド国民にはほとんど影響がなかった。PiSは前回選挙よりもさらに得票率を伸ばした。

  カチンスキーは、いわゆる「西側」のリベラリズムを否定している。これは、1990年代以降東欧諸国に対して「高圧的」に接してきた西側諸国への、旧共産諸国内の反発に支えられている。無条件、無批判に、ブリュッセルの言うまま改革を進めてきたが、それはあまりに単なるコピー「ゼロックス近代化」であった、その中で自分たちを見失ってしまった、という感覚が国民に持たれており、PiSの自己主張は、国民の支持を受けている。特にカトリック色の強いポーランドで、伝統的な家族観の復活を訴えるPiSの戦略は支持されている(カトリック教会もPiSを支持)。ドイツに対して今更のように第二次大戦の賠償を請求しているのも、同じである。PiSはポーランド国民に、「尊厳を取り戻させた」と感じられている。

 1989年の革命を支えた人々も、彼らのヴィジョンがないがしろにされたままブリュッセル(EU)主導の「改革」が無批判に勧められたと感じている。PiSは、EUで不評の「司法改革」についても、旧共産党との決別のために必要であると説明してきている。

 ただ、今回の勝利は、PiS自身が期待していたほどには大きくなかった。得票率は伸ばしたものの、下院での議席数は変わらなかった。その上、上院では野党の統一候補擁立が成功し、これまでの過半数を失った。これまで上下院で過半数を持っていたため、必要な社会保障改革法制を容易に議会で通すことができたが、これからはやや難しくなる。PiSが掲げていた憲法改正も、難しいだろう。しかし、下院で安定多数を持っている限り、政権は安泰であり、ブリュッセルは煙たい政権ともう4年付き合わねばならない。

 リベラル・デモクラシーを支持する側としては、経済原理だけでなく、最低限の生活保障、人々の誇りや尊厳と言った気持ちに対する配慮を取り戻さなければ支持を獲得することは難しいという教訓をポーランドの選挙結果が改めて示していると、認識する必要があろう。

  
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