2024年4月19日(金)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2019年10月30日

士気を鼓舞するテーマソング、「香港に栄光あれ」

 20日のデモは、尖沙咀のソールズベリー公園から高速鉄道の西九龍駅までの行進が行われる。出発地点はあの名門ペニンシュラホテルの前にあるだけに、外国人観光客の見物人が多かった。私の隣に立つ欧米系の観光客は絶えず「They are really nice people(本当に素晴らしい人たちだ)」と感嘆しながらデモを見入った。

 13時過ぎ、デモ開始30分前。出発地点である公園では、民主化運動のテーマソングとなった「香港に栄光あれ(願榮光歸香港)」が上空に響き渡る――。

 「香港に栄光あれ」を歌いながら、デモに出発する人たち

 主に金管楽器が伴奏するこの曲は国歌を連想させるという人もいる(私はその印象を受けた)が、香港は特別行政区であり、国ではないので、作曲者側はこれを否定している。そもそも作曲・作詞者が誰かも不明になっている。ネット民の集団創作品として、バロック音楽と近代の軍歌、英米露の国歌や米国の愛国歌「リパブリック讃歌」、讃美歌「天のいと高きところには神に栄光あれ」などが参考にされたとも言われている。

 2019年8月31日、同曲はYouTubeに初めてアップされ、わずか2週間で視聴回数が100万回を突破。9月11日、150人の香港人アーティストが管弦楽合唱バージョンを収録し、YouTubeにアップ(https://www.youtube.com/watch?v=oUIDL4SB60g)。さらに、オリジナルの広東語版に加え、まもなく北京語だけでなく、英語、日本語、韓国語、ドイツ語、フランス語などの外国語版も相次いで作られた。

 「香港に栄光あれ」はこうして民主化運動のテーマソングとして、士気を鼓舞する大切な役割を引き受けた。香港の街に出ても耳にすることが多い。民主化を支持するレストランや商店の中ではBGMとして流れ、前日の「雨傘運動」ドキュメンタリー映画上映会にも歌われた。

香港デモは暴徒の集まりなのか?

 香港取材にあたって、周りから心配の声もずいぶん上がった。私自身も含めてかなりリスクを感じていた。これは日々メディア報道の影響が大きいとしか言いようがない。放火や破壊活動、そして警察との対峙、暴力シーンを次々と流すメディアは煽るつもりがなくとも、平和な環境に暮らしている人々は知らないうちに恐怖感を覚え、法治社会の常識として、デモ参加者が悪いことをしていると感じてしまうのである。政府はある意味で意図的にこのメカニズムを利用して、「印象操作」しているように思える。

デモ参加者の市民たち

 デモすなわち暴力という認識は間違っている。デモは正確に言うと、前半の平和な行進、中間の移行期、そして後半の暴力対峙と3段階に分かれている。実際に危ないのは後半だけ。私のような一般人が前半に行くだけで、周りからあたかも危険極まりない場所へ行くように思われたのも、ある意味でバイアスが掛っていたように思える。

 前半の平和な行進には、学生や若者だけでなく、お年寄り、子供連れの家族、車椅子に乗る体の不自由な人、外国人観光客まで幅広く市民などの一般人が参加している。撮影も自由でピリピリした空気を感じることはまずない。

車椅子に乗る体の不自由な人
子供連れの家族

 平和な行進が終わると、徐々に後半戦に向けて中間の移行期に差し掛かる。実際には現場では「後半戦参加者」のために、携帯電話預かり(逮捕時警察への情報流出防止目的か)や弁護士支援案内など逮捕に備えた「準備作業」が行われ、明らかに前半参加者と区別されている。後半戦の参加者はいわゆる「勇武派」と呼ばれる少数の前線部隊である。主に学生などの若者で編成された「勇武派」はヘルメットとガスマスク、傘を備え、警察が放った催涙弾を投げ返したり、催涙ガスを弱める液体をかけたりする。

 当日、私はぎりぎり後半戦の入り口まで付き合った。後半戦になると殺伐としたムードに一変し、勇武派と警察との対峙抗争が本格的に展開される。後半戦に入る前に、一応主催側らしき人がアナウンスをする。要するに、ここからは警察との対峙になりリスクがあるので、一般人はお帰りくださいというものだ。さらに、「後半戦参加者へのお願い、注意事項」たるものもある。

後半戦に差し掛かった街、殺伐とした雰囲気が漂う

 実際にほぼ9割以上のデモ参加者(平和派の一般市民)はここで一気に引き揚げ、帰宅の途につく。印象的に、後半戦はデモの延長よりもまったくの別物だった。

<次回へ続く>

1回目『死を恐れぬ香港人、なぜ背水の陣を敷いたか?』

  
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