日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2019年12月17日

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早川友久 (はやかわ・ともひさ)

李登輝 元台湾総統 秘書

1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

 いよいよ台湾の総統選挙が年明け1月11日に近づいてきた。昨年11月に行われた統一地方選挙では、民進党が史上まれに見る大惨敗を喫し、誰もが「2020年の蔡英文総統再選は消えた」と思った。ところが、香港情勢や国民党の韓国瑜候補の人気凋落が追い風となり、支持率は回復の兆しを見せ始め、むしろ蔡総統が大きくリードする事態となっている。

 毎度のことだが、台湾の総統選挙は「台湾」vs「中国」の代理戦争の様相を呈してくる。台湾を中国とは別個の存在として維持していこうという民進党と、中国と密接な関係を築いていこうという国民党の戦いともいえる。

写真:AP/アフロ

日本人が陥りやすい「誤解」とは?

 台湾では80年代後半に始まった民主化以降、着々と「本土化*」が進められてきた。それまで国民党の独裁体制のなかで「中国化」が強いられてきた大きなアンチテーゼだった。

*台湾本土化運動(繁体字: 臺灣本土化運動)は、台湾において使用される用語で、台湾を中国の一部とみなさず、台湾独自の文化、社会、経済、国民性と主体性の重要性を強調するものである。(「台湾本土化運動」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2019年12月16日13時[日本時間]より引用)

 民主化を進めた李登輝の時代から、2000年の平和的な民進党への政権交代を経て、台湾は一歩ずつ本土化の歩みを進めてきた。その結果、「天然独」と呼ばれる現代の若者たちが、生まれながらにして「自分は台湾人、台湾と中国は別個の存在」という認識を持つことに代表されるように、今年6月に政治大学選挙研究センターが行ったアイデンティティに関する調査では、自分を「台湾人」と認識する人の割合はおよそ57%となっている。「台湾人でもあり中国人でもある」という人たちの割合を加えると、およそ93%となる。

 台湾が着実に進めてきた本土化だが、その陰には日本人が陥りやすい誤解がある。それが「言語」の本土化だ。台湾に関心を持つ人であれば、台湾で話されている言語は、公用語とされる中国語のほか、台湾語があることをご存知だろう。

 台湾語は明朝や清朝の時代に中国大陸沿岸の福建から渡ってきた漢人系の人たちの末裔である「本省人」が話す言葉で、この地域の福建語がルーツになっている。国民党の独裁体制下では、中国語を話すことが強いられたため、公の場で日本語や台湾語を用いることは禁じられていた。そのため、台湾語はおおっぴらに話されることはなくなり、家庭内やごくごく親しい間柄でのみ使われるという「マイナー言語」とされてしまったのである。

 しかし、国民党の独裁が崩れ、民主化が進むことで言論の自由が保障されると、それまで抑圧されてきた台湾語の復権運動が起こってきた。本省人の人たちからすれば、中国語は「国民党に押し付けられたもの」であって、自分たちの母語は「台湾語」である、という主張だ。今では、街なかで台湾語を耳にしないことなどあり得ないし、テレビでも台湾語ニュースの時間や台湾語専門チャンネルが設けられるなど、「言論の自由」がなかった台湾など想像できないほどだ。

 こうした「言語の本土化」は民主化後、ますます加速し、ときには「台湾の公用語を台湾語にしよう」という主張をする人もいる。「台湾人の本当の言葉は中国語じゃなくて台湾語なんだよ」と言われると、鵜呑みにしそうになるが、これが誤解の源だ。

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