食の安全 常識・非常識

2020年3月13日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

「コスト削減のための使用」はデマ

 臭素酸カリウムを使った場合のベネフィット、つまり品質向上について、山崎製パン側は「非常に大きい」と言います。消費者モニターによるテストの結果が、同社のウェブページで示されています。全体的なおいしさ/香り/うまみなど、すべての項目で2月までの製品を上回りました。

臭素酸カリウムが用いられた超芳醇。もっちりしつつも、きめが細かくしっとりした食感が特徴

 どうせ、同社が恣意的に調査した、とは思わないで。某生協で職員が試食した結果も、臭素酸カリウムを使った方がしっとりしておいしい、という結果だったそうです。私も食べてみましたが、たしかにレベルアップしたように感じました。

 実際のところ、臭素酸カリウムの効果は、以前に使ったことのあるベテランのパン職人の間では常識です。私も複数の有名店オーナーから「昔は、臭素酸カリウムを使ってよいパンが作れたんだよ」と聞かされた経験があります。山崎製パンだけが主張しているわけではないのです。

 「臭素酸カリウムを使うのは、山崎製パンが製造コストを下げるため」というSNSなどにあふれる情報も、デマです。臭素酸カリウムは、代替機能を持つビタミンCや酵素製剤よりも高価。さらに、同社は添加物としての品質をチェックし、パン製造でも厳しく工程管理しながら用います。同社の深澤忠史・専務取締役(生産統括本部長)は、「間違いなく、臭素酸カリウムを使った方がコストは上がります」と説明します。

消費者の疑問に応え説明する

 「コストは上がる。また悪評がたつかもしれない。なのになぜ、わざわざ使用を再開するのですか?」。単刀直入、そう尋ねました。深澤専務は「発酵が十分に効いて、しっとり香りのよいパンを客に届けたい。そのための努力を重ねるのみです」と言います。「科学的根拠に裏付けられたこと以上に強いものはない」というのが同社を貫く考え方なのです。

原材料名などが書かれた表示。臭素酸カリウムは加工助剤として使われ最終製品には残留しないため、表示が免除されている。ウェブサイトのURLは書かれており、ウェブサイトで使用の理由などが情報提供されている。

 2004年から14年に使用した時には、パッケージに自主的に使用した旨を表示しましたが、今回は表示はなし。添加物のうち、加工を助ける機能があり最終製品には残留していないものについては、表示が免除されています。

 使用を再開したという事実も、法的にはまったく公表する必要がありません。しかし、同社は2月25日から、ウェブサイトで情報を提供し、根拠となった論文等も公開しています。今のところ、抗議行動などはありません。

 さて、使うことにより得られるベネフィット、おいしさと、「残留しない」ことの科学的意味、そして、食べる感情と。読者の皆さんはこの話をどう受け止めるのでしょうか。買うか買わないかは、消費者の判断に任されます。

 少なくとも、これから必ず出てくる「大企業が儲けるために、発がん物質を消費者に食べさせる」とする陰謀論には騙されないでほしい。私は、そう考えます。事実はもっと複雑です。
 

<参考文献>
山崎製パン・小麦粉改良剤「臭素酸カリウム」による角型食パンの品質改良について
https://www.yamazakipan.co.jp/oshirase/0225.html

食品安全委員会・臭素酸カリウム
https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheet-kbro.pdf

IPCS Inchem・Summary of Evaluations Performed by the Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives
http://www.inchem.org/documents/jecfa/jeceval/jec_1969.htm

Diachenko, G.W.et al, Potassium bromate in bakery products: Food technology, toxicological concerns, and analytical methology. In "Bioactive com- pounds in foods", ACS symposium series 816, eds. Lee, T.-C. and Ho, C.-T. (American Chemical Society.), pp. 218- 227 (2002)
https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/bk-2002-0816.ch016


  
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