前向きに読み解く経済の裏側

2020年3月23日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

経済評論家

1981年 東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の業務に従事。2005年 銀行を退職して久留米大学へ。現職は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は一個人として行うものであるため、肩書きは「経済評論家」とする。

 新型コロナは怖いけれども、自粛による不況で大量の倒産と自殺者が発生するリスクも怖い、と塚崎公義氏は心配します。

(SurfUpVector/gettyimages)

未知の病なので恐怖である

 新型コロナウイルス は、世界中で感染が拡大していて、放置するとどうなるかわからない、という怖さがあります。そこで感染を食い止めるための様々な措置が採られています。

 人々が「どれだけ被害が拡大するか不明だ」という不安を抱えているわけですから、「徹底的に封じ込めるべきだ」という主張が通りやすい雰囲気が漂っていて、いまや自粛するのが当然だ、というムードとなっています。

 たしかに、未知の病なので怖いです。しかし、それゆえに怖がりすぎているという可能性もあります。「既存のインフルエンザと大して違わないのに、怖がりすぎだ」という人も増えてきたようにも思われます。

 通常、人は災いに備えます。「備えあれば憂いなし」というわけですね。ただ、備えのコストと憂いの大きさを比較して、どこまで備えるべきかを考えることも重要かもしれません。

 南海トラフ大地震が怖いことがわかっていながら、耐震工事が進まないのは、リスクは理解していてもコストを避けたいと考える人が多いからですね。そうであれば、今回もコストとリスクを比べてみることが必要なのかもしれません。

 「自粛は景気を悪化させるから、過度な自粛はやめよう」という人に対しては、「人命は地球より重いのだから、景気などのために人命を犠牲にするな」という反論があるかもしれません。しかし、人命だけのことを考えても、過度な自粛は避けるべきかもしれないわけです。

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