赤坂英一の野球丸

2020年3月25日

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 「こういう情勢では5月の夏場所も無観客でやらざるを得ないだろう。それも、そのときの世論や政府が許してくれればの話だが」

 先週日曜(22日)に大阪場所を終えた日本相撲協会関係者の間から、早くもそんな声が漏れ伝わってきた。しばらく前には一部から「5月にはお客さんを入れられるんじゃないか」という楽観論も聞かれたが、「もううっかりそんなことを口に出せる雰囲気じゃないよ」と関係者のひとりは漏らす。

(mizoula/gettyimages)

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育館)での春場所は15日間、観客を入れずに開催。空襲警戒のために一般公開しなかった太平洋戦争中の1945年以来75年ぶりの無観客場所を、とりあえずは無事〝完走〟した。

 昨年の春場所より落ちたと言われるNHK総合テレビの視聴率も、週末の初日(8日)、7日目(14日)は午後5時からの幕内の取組が15%台を記録(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。平日も2桁をキープした日が多く、あえて本場所を断行した大相撲に対する一般社会の関心が高いことを伺わせた。

 会場に観客がいなくても、それだけ全国のファンの注目が集まった最大の要因は、優勝争いが予想以上の混戦となったことにある。初場所でまさかの幕尻優勝を果たした徳勝龍に続いて、春場所は平幕の碧山が12日目まで1敗でトップを守る快進撃。大関昇進のかかった朝乃山も11勝を挙げ、初場所を休場した白鵬、鶴竜も優勝争いに絡んで、久々に横綱としての存在感を見せつけた。

 千秋楽は7年ぶりとなった横綱同士の相星決戦で、白鵬が鶴竜をくだして優勝。通常は十両と幕内の取組の間に行われる八角理事長(元横綱北勝海)の挨拶が結びの一番のあとに行われ、力士と親方の全員で君が代を斉唱した場面に胸を熱くしたテレビ桟敷のファンも多いことだろう。

 こうして春場所を無事乗り切るまでには、様々な苦労や予想だにしないアクシデントがあったという。そんな場所中の心理的重圧を、相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)はNHKのテレビ中継の解説の中で、「毎日薄氷を踏む思いでした」と表現していた。

 相撲協会は場所前、「無観客開催運営プロジェクトチーム」という各部署にまたがった特別対策班を組織している。尾車事業部長、鏡山危機管理部長(元関脇多賀竜)、芝田山広報部長(元横綱大乃国)など各部署の責任者をはじめ、協会から指名されたメンバーが毎日午後2時に体育館の会議室に集合。それぞれが現場の状況を報告し、情報を共有して春場所の運営に当たっていた。

 この特別チームが最も神経を尖らせていたのはもちろん、新型コロナウイルスの感染者を出さないことである。まずアルコール消毒、報道陣や外部関係者との濃厚接触の回避などの予防を義務化。次に、感染が疑われる力士がいたら、どのような手順を踏み、どのような症状が出た段階で陽性か陰性かを判断するPCR検査を受けさせるか、というマニュアルをすべての部屋と親方に周知徹底。

 そして、「力士及び相撲協会関係者に感染者がひとりでも出れば即刻中止」という方針が立てられた。まず、力士全員に1日朝晩2度の検温を義務づけ、37.5度以上の発熱が2日続いた場合は休場。次に、発熱が4日以上続いたらPCR検査を受けさせると決定。この取り決めは師匠会で鏡山危機管理部長から各部屋の親方に通達されている。

 そうしたら、初日直前、早くも序ノ口力士のひとりが発熱。これは場所前だったために公表されなかったが、場所が始まってからも熱が下がらず、検査で感染したとわかれば、4日目には場所を中止しなければならない。

 この力士は序ノ口とはいえ、記録的な負け越しを続けながら、黙々と土俵を務め続けているベテランの苦労人。彼を昔から知る相撲記者は、「こういう下積みの長い力士が中止の原因にならなくてよかった。そんなことになったらやりきれません」と漏らしている。

 幸いにも序ノ口力士の熱がすぐに下がり、協会関係者が胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は序二段力士が2日目(9日)に40度近い熱を出してダウン。親方はすぐこの力士を部屋の宿舎からホテルに隔離した。翌3日目(10日)は36.7度に下がり、インフルエンザ検査を受けたら結果は陰性。4日目(11日)は平熱の36.5度になり、5日目(12日)には土俵に復帰して白星を挙げている。

 発熱騒動はなおも続き、7日目(14日)には、初日前に発熱したベテランとは別の序ノ口力士が発熱。翌8日目には平熱に戻り、間もなく復帰したが、この話には思わぬオチもついた。この序ノ口力士が休場したために不戦勝で白星を拾ったのが、ほかならぬ初日前に発熱したベテランだったのだ。

 その序ノ口力士が発熱したのと同じ7日目(14日)夜、ついに初めて幕内から発熱した力士が出た。九重部屋の西前頭15枚目千代丸である。この日、38.6度の熱を出し、翌8日目(15日)には39.7度に上がって休場。

 この時点で九重親方(元大関千代大海)は千代丸を宿舎の個室に隔離し、「トイレ以外は部屋から出ないように」と厳命。急遽世話役を務めた千代丸の実弟・千代鳳は「2階(の個室)にマル(千代丸)を閉じ込めました」と気丈に話している。

 ところが、その千代鳳が夜に様子を聞こうと千代丸の携帯電話にかけても「気づかないのか、寝ているのか、電話に出なかった」と内情をポロリ。いかにもどっしりしたお相撲さんらしいエピソードだが、このときばかりは笑えなかった。

 千代丸の熱が40度近くに達した9日目(16日)、九重親方はPCR検査を受けさせることを決断。まだ発熱してから3日目で、協会が通達した取り決めの「発熱4日目」より1日早かったが、九重親方としては居ても立ってもいられなかったのだろう。幸いにも千代丸の検査結果が陰性で、11日目(18日)から再出場できたからよかったようなものの、陽性だったらどうなっていたことか。

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