ここは本所松坂町(まつざかちょう)辺り。本所松坂町といえば、「忠臣蔵」の吉良上野介(きらこうずけのすけ)さんの屋敷があった場所、この絵の背後には回向院(えこういん)がありました。松坂町の竪川沿いから見える富士山を、吉良さんも大石内蔵助さんもお屋敷から、拝んでいたのでしょうか。
北斎作品を支える職人さんもタダものではありません。立て掛けた材木を描いた「縦の線」は、まっすぐに彫ります、しかも彫り残しの凸版の線を細く、繊細に、微細に一直線に彫りだす彫師さん。それにインクをつけて優しく、しっかり、しっとりと極細の版木を折らないように摺り上げる摺師さん。神業と根気とお江戸の職人技の見せ所です(2)。
真ん中で部材を挽いて、製材している木挽きさんが描かれています。大鋸(おが)の少し上には、しっかり楔(くさび)を入れて正確に、しかも色違いの版木で、手間がかかっています(6)。それにしても職人さんの肉付きは、現代の解剖学的にも適った筋肉の描き方。お見事です、細部にも神経を使っています。
そして手の指がぴしっと決まり、「ほれよ!」と見事な距離感、絶妙な力加減で木っ端を投げ上げ、お江戸の時間さえぴたりと止める下の職人さん(7)。上の職人さんも5本の指をぴ~んと張って、受けますよ「はい!」(8)。この木っ端が届くのを待って、待って、待ち続けて200年、お待ちになっておいでです。
【牧野健太郎】ボストン美術館と共同制作した浮世絵デジタル化プロジェクト(特別協賛/第一興商)の日本側責任者。公益社団法人日本ユネスコ協会連盟評議委員・NHKプロモーション プロデューサー、東横イン 文化担当役員。各所でお江戸にタイムスリップするような講演が好評。
【近藤俊子】編集者。元婦人画報社にて男性ファッション誌『メンズクラブ』、女性誌『婦人画報』の編集に携わる。現在は、雑誌、単行本、PRリリースなどにおいて、主にライフスタイル、カルチャーの分野に関わる。
米国の大富豪スポルディング兄弟は、1921年にボストン美術館に約6,500点の浮世絵コレクションを寄贈した。「脆弱で繊細な色彩」を守るため、「一般公開をしない」という条件の下、約1世紀もの間、展示はもちろん、ほとんど人目に触れることも、美術館外に出ることもなく保存。色調の鮮やかさが今も保たれ、「浮世絵の正倉院」ともいわれている。
協力=NHKプロモーション
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