前向きに読み解く経済の裏側

2020年4月6日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

経済評論家

1981年 東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の業務に従事。2005年 銀行を退職して久留米大学へ。現職は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は一個人として行うものであるため、肩書きは「経済評論家」とする。

 世界中でドルが足りなくなっている、と言われていますが、そうだとすればそれはトイレットペーパーが足りないのと似た現象だ、と塚崎公義氏は心配しています。

 新型コロナの影響で世界経済が深刻な不況に突入しています。金融危機を心配する人も増えて来たようなので、金融危機について数回のシリーズで考えてみたいと思います。今回は第2回で「ドルが足りなくなっている理由」です。

 本稿は、あくまでもリスクシナリオとして金融危機を論じるものであり、決してメインシナリオとして金融危機を予想して読者を不安に陥れようというものではありません。過度な懸念は不要ですので、落ち着いてお読みいただければ幸いです。

(jgroup/gettyimages)

人々が不足すると思うから不足する

 日本中でトイレットペーパーが不足しました。マスクと異なり、人々が使うトイレットペーパーの量が増えたわけでは無いのに、なぜ不足したのでしょうか。それは、人々が「トイレットペーパーが不足するらしいから、通常より多めにトイレットペーパーを購入しておこう」と考えたからです。

 最初に買った人がデマを信じたから、ということのようですが、それはそれとして、重要なことは、その人が買った事で実際にトイレットペーパーが不足し、一層多くの人々が買うようになった、ということなのです。とにかく人々がトイレットペーパーが足りなくなると思えば足りなくなるのですから。

 同様の理由で、世界中でドルが足りなくなっているようです。ドルは国際的な貿易や投資や米国内の商取引で使われる通貨ですが、こうした取引が全般的に落ち込んでいるわけですから、本来ならばドルが余るはずなのに、不思議な現象です。

 人々が「ドルが足りないらしい。ドルが借りられなくなるといけないから、多めに借りておこう」と考えているから足りなくなったのでしょう。トイレットペーパーの不足と同じですね。

 最初にドルを調達した人には何らかの誤解があったのかもしれませんし、何らかの事情があったのかもしれませんが、それはそれとして、重要なことは、その人が借りたことでドルが不足し、一層多くの人々がドルを借りるようになった、ということなのです。とにかく人々がドルが足りないと思えば足りなくなるのですから。

「供給は十分ある」けれども足りない

 トイレットペーパーについては、メーカーが「在庫は十分ある」と言い、政府もデマに踊らないように注意を呼びかけましたが、これは疑問でしたね。メーカーや政府の言うことを聞いて買わなかった人は、トイレットペーパーが品切れになって困ったことでしょう。

 メーカーは「在庫は十分ある」と言いましたが、何に対して十分なのでしょうか。「通常の販売数量に対して在庫が十分ある」という意味であれば、それは無意味です。人々が「通常より多めに買おう」としているわけですから、人々が買おうとしている量と比べてメーカーの在庫が十分か否かを判断する必要があったわけですが、メーカーが人々が買おうとしている量を知っていたとも思われません。

 また、仮に本当に十分な在庫があったとしても、それを店まで運ぶトラックが不足していたら、やはり店頭には並ばず、品切れが続くでしょう。そこまで考えての発言ではなかったから、店頭での売り切れが続いたわけですね。

 余談ですが、政府は「冷静に」というべきではありませんでしたね。冷静に考えれば、「人々が大量に買っているから売り切れるだろう」ということに気づくはずだからです。「自分だけ良ければという気持ちで大量に買うのはやめて欲しい」と言えばよかったのですね。

 ドル不足の構図も、これと似ています。中央銀行は「十分な」資金を供給しましたが、それが「通常より多くのドルを持っておきたい」と人々が考えている量よりも多かったのかどうか、疑問です。もっとも、この問題は中央銀行が量的緩和を無制限としたことで解決しつつあると期待しています。

 もう一つの問題は、トラック不足ならぬ金融機関の仲介機能の制約です。たとえば借り手に十分な信用力と担保がなければ資金が借りられませんから、資産を売却して現金を入手せざるを得ません。

 借り手に信用力と担保があったとしても、借り手がドルを大量に手元に置きたいと思っても、銀行には自己資本比率規制があるので、借りられる資金量には制限があるかもしれません。

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