2024年4月26日(金)

ビジネスパーソンのための「無理なく実践!食育講座」

2020年4月21日

EBM(医学)の分野では、いくら「効果がたしか」であることが明確であることでも、一般市民が投薬したり治療したりすることはできない(法律で禁じられている)。これに対してEBN(栄養学)のほうでは「○○という食品が××に効果的」だという情報があったときに(それが正しいか正しくないかは別にして)○○を食べることは、専門家ではなく、だれにでもできるからだ。

この「だれでも」つまり(ことばは悪いが)素人にでもできるということが、EBNの正しい普及を極端に妨げている1つの原因だということができるだろう。一方で、「素人対象」であることを逆手にとって、悪意を持ってあるいは単にショーバイだけのために情報を悪用する人たちがあることも、やはり、EBNの正しい普及を妨げる大きな要因となっている。

研究結果があるだけでは「エビデンス」とはいえない!

専門家ではない人たちにとっての「エビデンス」の理解に大きな勘違いがあるので、それをご紹介しよう。それは「研究結果がありさえすれば『エビデンス』といっていいわけではない」ということ。抽象的な例えではわかりにくいので、具体例を提示して説明しよう。

読者のビジネスパーソンは「牛乳害悪説」なるものを耳にしたことがあるだろう。例えばその「エビデンス」として、「牛乳をたくさん飲むとカルシウムの過剰摂取により骨折のリスクが高まる」という研究論文があるとする【※1】。仮にこの研究が非科学的な論文ではないとしても、1つの研究論文だけを示して、「牛乳をたくさん飲むと骨折のリスクが高まるということにはエビデンスがある」といってはならない。1つの研究結果だけではエビデンスとはならないのだ。

骨折予防のメカニズムは、単にカルシウムの摂取量だけではなく、タンパク質やビタミンDの摂取量・運動量・太陽に当たる時間など、多くの要素が複雑に関係している。カルシウムの摂取量との関連だけをみても、世界中にはその研究が山ほどある。

「それらの多くの研究論文ではどうなっているのか」を調べなければならない。山ほどある研究をつぶさに調べると、カルシウムの摂取量は骨折のリスクを「上げる」「下げない」「少し下げる」「明らかに下げる」「大いに下げる」など、いろいろと見つかることだろう。中には「どちらともいえない」という論文もたくさんある。

それぞれの論文は「どういう研究手法で行なわれたか」「どのくらいの人数で行なわれたか」「どのくらいの期間で行なわれたか」「どういう条件下で行なわれたか」また、それその論文の「数はどのくらいあるか」等々をていねいに調べなければならない。この「関係する研究論文をすべて集めて検討する」ことをメタアナリシスと呼んでいる。

現時点では、「カルシウムの過剰摂取は骨折の原因とはならない」というのがメタアナリシスの結果である。かといって「カルシウムをたくさん摂取すると骨折の予防になる」ということもいえない。確実にいえることは「カルシウムの摂取量が少ないと骨折の率が高くなる」ということで、これが「エビデンス」である【※2】

このように、「エビデンスがある」ということをいおうとすると、かなり専門的な知識と複雑な調査が必要になる【※3】。そのあげく、得られる結論は「非断定的なもの」であることが多い。素人が求めるような「明快な結論」はあまり得られない。逆にいうと、「簡単に」「明確な」結論が示してあるものには「エビデンスが確かなものは少ない」と理解するほうがよさそうである。
 

【※1】https://www.bmj.com/content/349/bmj.g6015
【※2】Xu L, et al.does dietary calcium have a protective effect on bone fractures in women? A meta-analysis of observational studies.Br J Nutr 2004;91:625-34.
【※3】エビデンスに興味のある読者には『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』(女子栄養大学出版部刊)を一読することを薦める。


  
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