強まる北欧と南欧の対立
債務危機と同じ光景が再び
これが、温暖な気候と健康的な地中海食で平均寿命が長いイタリアとスペインの惨状である。指数関数的に死者を積み上げていくウイルスに対してEUは例のごとく「Too Little Too Late(これだけではどうにもならない)」の対応を繰り返す。EU首脳のビデオ会議が開かれ、南欧のイタリアとスペインがコロナ対策に充てる財源として共同債の発行を求めたが、ドイツ、オランダの強硬な反対に遭った。債務危機と同じ光景が再現した。
伊紙レプブリカは「醜い欧州」の見出しを掲げ、「EU内の対立は感染症の流行に対する決断を先送りした」と非難した。他の新聞も「コンテ首相がEUの〝北部連合〟を攻撃。10日間のうちに決まらなかったら自分たちでやるしかない」と報じた。
〝北部連合〟のオランダ財務相は「どうして他の加盟国にはコロナショックに対応できる財政の余裕がないのか」と発言、前ドイツ国防相のフォンデアライエン欧州委員長も「コロナ共同債は単なるスローガン」と切り捨て、南欧諸国を激怒させた。
伊国際問題研究所のエリオノーラ・ポリ研究員は「もしコロナ共同債が発行されない場合、それに代わる財政メカニズムが必要になる。南欧のイタリア、スペイン、フランスが景気後退入りすれば共同債に反対する〝北部連合〟も深刻な打撃を受ける」と指摘する。
欧州委員会は加盟国の財政規律を大胆に緩和し、欧州中央銀行(ECB)も量的緩和を再開、イタリアの国内総生産(GDP)の12%に相当するイタリア国債2200億ユーロ(約26兆円)分を購入することで合意した。ドイツもイタリアやフランスからの重篤患者の受け入れを増やしている。
ポリ氏は「欧州は結束を示しているが、経済対策ではもっともっと団結が必要だ。EU予算には限界があり、加盟国が南北の分断を克服できるかどうかにEUの未来はかかっている」と危機感を示す。加盟国の予算は平均して各国GDPの46%だが、EU予算は域内GDP全体の1%にも満たない。
英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のハンス・クンドナニ上級研究員には『ドイツ・パワーの逆説』という著作がある。「第二次大戦後、米国のGDPは世界経済の半分を占めた。覇権国として欧州復興援助計画(マーシャルプラン)を実行する力があった。しかしドイツにはユーロ圏の28%の経済力しかない。これがドイツ・パワーの限界だ」と解説する。コロナ対策でもこの限界が顔をのぞかせる。
パンデミックを戦う上で欧州型の自由民主主義にも限界があるとクンドナニ氏は指摘する。欧州は韓国、シンガポール、台湾のようにコロナ対策のために個人情報の自己決定権を犠牲にはできない。プライバシー保護も欧州の基本的権利の根幹をなす。
中国のような市民監視ではなく、プライバシーを保護した上でできることもある。情報ポータル(自己診断用の情報や危険エリアの地図)、匿名データ分析、感染の可能性がある状況を記録するアプリ、隔離をチェックするアプリがコロナ対策に活用できる。非営利団体noyb.euのマックス・シュレムス氏は「EUの一般データ保護規則(GDPR)は感染症との戦いにおけるデータ処理を明示的に規定している。GDPRは放棄されるのではなく、順守されるべきだ。利用者がデータを制御できるシステムが必要だ」と言う。
すでに米国、イタリア、スペイン、フランス、英国の死者は共産党独裁国家・中国を大きく上回った。欧米型の自由民主主義はパンデミックの前に無残にも敗れ去ってしまうのか。
■新型コロナの教訓 次なる強敵「疾病X」に備える
Part 1 「コロナ後」の世界秩序 加速するリベラルの後退
Part 2 生かされなかった教訓 危機対応の拙(つたな)さは必然だった
Interview 「疾病X」に備えた日本版CDCの創設を急げ
Interview 外出禁止令は現行法では困難 最後の切り札は「公共の福祉」
Part 3 危機において試されるリーダーの「決断力」と「発信力」
Chronology 繰り返し人類を襲った感染症の歴史
Column1 世界のリーダーはどう危機を発信したか?
Part 4 オンライン診療は普及するのか 遅きに失した規制緩和
Interview 圧倒的なアクセシビリティで新型コロナによる医療崩壊を防ぐ
Column2 露呈したBCPの弱点 長期化リスクへの対策は?
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