赤坂英一の野球丸

2020年5月6日

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 事ここに至っては背に腹は代えられないということか。長期化するコロナ禍のおかげで収入が激減し、アルバイトを始めるスポーツ選手が増えつつある。

(Simon Lehmann/gettyimages)

 日本では、2012年ロンドン五輪フェンシング男子フルーレ団体の銀メダリスト、三宅諒(29=フェンシングステージ)が大型連休中に食事のデリバリーサービスUber Eats(ウーバーイーツ)の配達を始めて話題になった。PRしたいためもあってか、4月29日に投稿サイトnoteで「明日からバイトを始めます。」と三宅自ら明かしたところ、たちまちネットに拡散され、テレビや新聞にも次々に登場。このニュースで三宅を思い出した、もしくは初めて知ったという人も多いに違いない。

 三宅が自転車でハンバーガーや唐揚げなどを自転車で配達した初日の稼ぎは、計8件で4688円。毎日のトレーニングや代表チームのオンライン合同練習もやっているので1時間しかバイトができず、稼ぎが0円という日もある。

 東京オリンピックが来年まで延期になったため、練習や遠征にかかる追加経費は約500万円に上るという。それだけの金額を自転車便だけで稼ぎ出すとなると、さすがに大変。三宅としては、新たなバイト生活を広く国民にアピールすることで、新たな支援者獲得につなげたいという目的もあるようだ。

 ドイツではテニスのトッププレーヤーで、昨年の全仏オープン男子ダブルスで優勝したケビン・クラビーツ(28)が、スーパーマーケットの店員として働き始めた。クラビーツが週刊誌〈シュピーゲル〉に語ったところによると、働いているのは日本で言う安売り店のディスカウント・スーパー。他の店員たちと一緒に、商品の管理、棚からの出し入れ、カートの消毒、段ボール箱の後片付け、出入口でのセキュリティーチェックなど、何でもやっているそうだ。このニュースはドイツの有力紙〈ビルド〉にも報じられ、国内で大きな反響を呼んだという。

 グラビーツが昨年までに稼いだ賞金は計99万ユーロ(約1億1500万円)。それだけの選手が、いまではスーパーのアルバイトで生計を立てなければならない。それでもグラビーツは、「朝5時に起きて働いている他の店員に比べれば、趣味を仕事にできた自分は幸せだ」と噛みしめるように語っている。

 アスリートがこの過酷なコロナ禍の時代を生き抜き、自分の好きなスポーツを続けるには、アルバイトをしてでも競技生活を続けるのだ、という強い意思を持つことが必要かもしれない。三宅諒やケビン・クラビーツは、そういうスポーツ選手の新たな生き方を示しているとも言える。

 実際には、コロナ禍が始まる前から、生活費を稼ぐのに四苦八苦しながら栄冠を掴んだスポーツ選手は少なくなかった。三宅やクラビーツの行動やコメントを目にして私が思い出したのは、2004年アテネ五輪女子マラソン金メダリスト、野口みずきさんに聞いた話である。

 1998年2月、野口さんは真木和(いずみ)に憧れて入社したワコールを僅か1年で退社せざるを得なくなった。会長が代替わりして陸上部の体制が一新され、師と慕う藤田信之監督が解任。藤田監督は廣瀬永和(ひさかず)コーチ、先輩の真木ら選手数人を連れてワコールを去り、移籍先を探すことになった。

 20歳だった野口さんには、ワコールに残る選択肢もあったが、藤田監督や廣瀬コーチについていこうと自分で決断。その年の秋から、藤田監督が京都市内に借りた団地の一室で、チームのみんなと共同生活を始めた。

 野口さんは当時、職業安定所に通い、失業保険をもらって練習を続けた。どこの企業にも属していない自分たちを「チーム・ハローワーク」と名付け、みんなで励まし合って汗を流す。そんな日々が、新たな移籍先が先物取引会社のグローバリーに決まる99年6月まで続いたのだ。

 当時を振り返って、野口さんはしみじみと話していた。

 「やっぱり、自分の好きなことをやってお給料をもらうということの有り難さをつくづく感じました。チーム・ハローワークの時期がなかったら、その後の私はないですね」

 2005年には、野口さんがベルリンマラソンに向けて合宿中だった6月、グローバリーが商品取引法違反容疑で告発された。業務停止処分が下され、野口さんの所属していた陸上部も廃部に追い込まれてしまう。

 果たして競技生活を続けられるのか、またしても先行きが危ぶまれていた中、藤田監督は新たに医療機器メーカー・シスメックスと契約。2度の危機を乗り越えて、野口さんはまた走り続けることができるようになった。

 野口さんの巻き込まれたトラブルと、競技そのものができなくなった現在のコロナ禍とはもちろん違う。ただ、彼女がその後、何度も故障に見舞われながら、長くマラソンランナーであり続けられたのは、ハローワークに通ってでも競技を続けようとした強い意思の賜物だろう。

 フェンシングの三宅諒やテニスのケビン・クラビーツもいま、野口さんのような決意を胸に秘めているのではないか。そして、これからのスポーツ選手には、ジャンルを超えて、そういう気持ちの強さ、という以上の覚悟が求められている、と思うのだ。

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