5月18日、メルケル首相とマクロン大統領はビデオ会議方式による共同記者会見を行い、パンデミックにより傷んだ経済を再建するためのEUの復興基金に関する共同提案を公表した。この提案はEUの予算の枠組みを利用し、EU予算を裏付けとしてEUが金融市場で共同債券を発行する。これにより5000億ユーロの規模の基金を作る。EUはこの基金により最も打撃の大きいセクターと地域に融資ではなく贈与により支援を行うというものである。
これは復興基金の早期実現を図るべく、独仏両国が打った注目すべき政治的な一手である。加盟国が共同で発行する「ユーロ債」ないし「コロナ債」とは異なるが、EU予算を通じて債務を共通化する点に違いはなく、大局を睨んだドイツの重要な方針転換と言えるだろう。メルケルは「危機の尋常でない性質のゆえに尋常でない道を選んだものだ」と述べた。
5000億ユーロという規模で十分なのかという問題はあろうが、反対を封じ込める意図もあってのことであろう。支援の形態を融資ではなく贈与としたのはイタリアやスペインの要求に応えるものであり、フランスにドイツが歩み寄ったものでもある。
パンデミックがEU域内に及ぼした影響は一様ではない。ドイツはイタリアやスペインよりも正常化に早く近付く。観光産業に大きく依存するイタリア、スペイン、ギリシャの回復は遅れざるを得ない。経済の維持・回復を支援する財政余力はドイツが格段に大きく、EUの財政支援に占めるシェアは51%である。つまり、EU域内には深刻な分断の状況が存在し、放置すれば複数のスピードの経済回復は避けられない。加盟国間の競争条件の差を拡大することにもなる。独仏共同提案はこのことを認識しEUの結束を図るものに他ならない。
しかし、これで終わりではない。5月23日、オーストリア、オランダ、スウェーデン、デンマークのいわゆる「倹約家の4ヶ国(frugal four)」は一時的な緊急基金を設けることは支持するとしつつも、支援の形態は融資によるべきこと、その原資は2021-2027年の次期MFF(multiannual financial framework、EUの中期予算枠組み)の枠内での節約と前倒しによるべきことを主張するとともに、債務の共通化に反対する立場を表明した。
独仏共同提案を受け、5月27日に欧州委員会は、パンデミックからのEU復興策を発表、その提案は1兆ユーロの規模となり、支援の形態は融資と贈与の組み合わせとするとしている。しかし、EUの協議の先行きは厳しい。独仏共同提案の政治的なミソはEUが発行する共同債券がどのように償還されるかを明示しておらず、償還は次期MFF以降、即ち2028年以降に持ち越すこととされていることにあるように思われる。普通に考えれば、通例の予算負担の割合に応じて追加的費用を負担する(従ってドイツが最大の負担をする)のであろうが、明確にはされていないようである。戦いはEUにとっての新たな財源の可能性(例えばプラスティックに対する課税)を含め今後に持ち越されるように思われ、今直ちには誰もEU予算への支払いの増額を求められることにはならないようである。
ともあれ、予断は許さないが、復興基金は実現に一歩前進した。ドイツの憲法裁判所の介入によってECBの資産買入れに障害が生じかねず、金融政策への過度の依存が危険であり得る状況が生じ、財政出動の必要性も指摘されていた。従って、実現すれば、その意味での意義をも有することとなろう。
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